2014年10月22日水曜日

【10.5Actionの報告】

許すな!差別排外主義 10.5 ACTION

~生きる権利に国境はない! 私たちの仲間に手を出すな!~


 差別・排外主義に反対する連絡会は、別掲の9・21集会とワンセットでこの日のデモを企画した。あいにくの大型台風が接近し、前夜からの土砂降りの雨を突いて、100名に及ぶ人たちが参加した。
10.5Actionビラ日本語版10.5Actionビラ・ハングル版

 主催者発言-差別・排外主義に反対する連絡会の結成以来、重要な柱として、攻撃を受けている当事者とどう繋がっていくのか、私たちの役わりは何か、自分たちの中にある差別意識を抉り出し、捉えかえそうとしてきた。
集会の前日には、デモの趣旨を書いたビラを持って職安通りデモコースの店1軒1軒を訪ね、私たちの声を届けて来た。何軒かの店では、「配るから何枚か置いて行って欲しい」という熱い申し出もいただいた。
ヘイト・スピーチに対する国連の勧告が出るなど一定の反撃が行われているが、朝日新聞バッシングや元記者への脅迫、レイシズムの嵐が続いている。又、カウンターの中にもある女性差別的傾向やナショナリズム的傾向については共に議論し、捉えかえしていかねばならない。歴史に耐えうる行動、社会的包囲網を作り、地域に声を届けていきたい。
 
 次に、いくつかの団体から、連帯の挨拶をいただいた。
 高校無償化からの朝鮮学校排除に反対する連絡会-朝鮮学校だけが、高校無償化から排除されて3年半。高校生62人が勇気を持って、国賠訴訟に踏み切ってくれた。先日行われた第3回口頭弁論で、弁護団長が、「人種差別撤廃委員会から厳しい勧告が出ている中で、世界が注目している裁判であることを忘れないで欲しい。この高校生たちが、なぜ排除されているのか。その事にきちんと答えうる裁判にして欲しい」と、諭すようにもの静かに語った。裁判長はじっと聴いていた、と報告した。
 反天皇制運動連絡会-右翼が政権中枢を占めている中で、警察や軍隊の役割が強くなっている。昨年の国家秘密法以降、警察の捜査への批判が強まる中、それをひっくり返して、情報を集中させる仕組みを拡大しようとしている。これに対抗する地道な活動を行っていきたい。敗戦の「詔勅」でヒロヒトは、「国体が維持された」と言っている。日中戦争の最中、あらゆる運動を叩き潰して来た治安維持法に、37年、「国体の本義」を確定させ、それを引き継いで戦後が出発している。だからこそ、天皇制、思想管理と闘っていきたい。
 米軍・自衛隊参加の防災訓練に反対する荒川・墨田・山谷&足立実行委員会-2000年、石原都知事のビッグレスキュー以降、防災訓練に反対し続けて来た。高校生の自衛隊宿泊訓練や、「職場体験」と称する入隊など、当事の衝撃が今では当たり前になっている。関東大震災時の朝鮮人虐殺を許さず、排外主義と闘って行く、と決意を述べた。
 「国連・人権勧告の実現を!」実行委員会-政府が、「従う義務は無い」と、従来の姿勢に終始している中、勧告を生かすも殺すも、私たち次第である、と訴えた。
 争議団連絡会議-「一人の首切りも許さない。現場に戻る」事をモットーに、中には40年闘っている人もいる争議団で構成されている。現在、経営者の自宅への団交要求行動に対して「1日当たり20万から100万円を経営者に支払え」という裁判所の決定が出される中で闘っている。安倍政権が戦争のできる国家へ突き進む中、国民の考え方の根底にある差別・排外主義と闘っていきたい。
 
 集会終了後、デモに出発した。デモは、柏木公園から新宿の繁華街を通り、悪天候にもかかわらず4㎞近いコースを意気軒昂に貫徹した。沿道の注目を浴びビラの受け取りも良かったことも併せて報告しておきたい。

差別・排外主義にNO! 第3回討論集会の報告


<在特会>は、なぜこうした人々を憎悪するのか?

 このたび、差別・排外主義に反対する連絡会主催による「9.21差別・排外主義にNO!第3回討論集会」を東京・文京区民センターで開き、約100名の参加を得ました。昨年12月の「2013年を振り返って-何が起こっているのか?何が問題なのか?」、今年2月の「攻撃された当事者は何を思う?私たちはどう繋がるか?」に引き続き、今回のテーマを「<在特会>は、なぜこうした人々を憎悪するのか?」とし、長年にわたって取材を続けてきたジャーナリストの安田浩一さんからの報告と、在特会からの攻撃のターゲットとされる運動を担ってきた方々によるパネルディスカッションを集会の柱としました。
 まず司会が、連絡会の簡単な紹介とこの間の情勢を概括し、在特会の攻撃対象が在日外国人から反原発・天皇制・生活保護・部落問題・等と様々な分野へと広がっている状況の中で運動側の横の連携が不十分ではないかとの懸念を示し、相互認識を深め模索しながらも連帯しながらそれぞれの運動を広げていきたいと、本集会の趣旨を語りました。

 集会の第一部は「報告 <在特会>が憎悪の対象とする人々」として安田浩一さんからお話をしていただきました。
 これまで在特会の話は十分にしてきたとしながら、まずは在特会をご自分にとっての大きな取材テーマとした発端から話してくださいました。
 「様々な局面で外国人問題を取材してきたが、その中に研修生・実習生の存在があった。制度の理念としては外国と日本の交流やら技術移転やらがあったが、実際には低賃金の出稼ぎ労働者という存在。しかも研修生・実習生とすることで労働者ですらない。正当な労使関係を結ぶ必要がない支配・従属の関係でしかない奴隷的立場に置かれている。法的最低賃金は保障されず、パスポートも預金通帳も帰国まで雇用者が預かる。就業の際の同意書には、雇用者に逆らえば直ちに強制帰国させるという項目がある。訪日の際には保証金等が必要で借金を抱えているので帰国の危険は冒せない。労働運動への関与の禁止のみならず、携帯電話所持禁止・ネットカフェ等インターネット環境への接触禁止・恋愛禁止・等々まである。
 大きくはグローバルな新自由主義的経済構造の中で起こっていること。大企業の下請けの中小零細企業は生き延びるためにこの制度に飛びつく以外にない。とは言え、労基所への密告の報復として全員に往復ピンタを食らわせる場面も目撃したことがあるが。中国にある日本へ行くための研修学校の取材では、根性・忍耐・従順さを叩き込んでいるという説明を受けたこともある。
 帰国直前に貯金額が予定額に達していないと知らされて帰国を拒んで逃亡した中国人がいた。彼は各地を転々としながら職を得る中で、職務質問を避けようとした挙句に警察官に射殺された。これに対して遺族が国賠訴訟を起こした。この提訴に対して後に在特会へと合流する(現在は断絶)西村修平なる人物がネット上から呼びかけて、裁判所前でヘイト攻撃が展開された。これが自分と在特会的存在との出会いだった」
 「そもそも在特会だけが問題なのではなく、社会に在特会的な空気が蔓延していることが問題。元朝日新聞記者の再就職先にクレームを入れて解雇に追い込むのみならず家族までもターゲットにする。韓国ドラマを放映するフジテレビ・そのスポンサーの花王・反ネット上のデモを根拠に反日韓国人に仕立て上げられた女優をCMに起用したロート製薬も攻撃されるという状況。
 お笑い芸人が発端として発生した生活保護問題も在日問題と絡める形で拡大していった。行政への密告が増大し、それに迎合して密告ホットラインを設置した自治体が12はある。外国人の生活保護受給は行政措置とした最高裁判決は、ネット上では違憲判決が出たと捻じ曲げられている。
 水俣病患者、ハンセン病患者、広島・長崎の被爆者までもが攻撃を受けている。」
 「こういうバッシングが運動として広がっていってしまっている。今まで、運動と言えば、それは権利を勝ち取るための運動だった。それに対して、これらは権利があると思う人を引き摺り下ろす運動としてある。戦後民主主義の中でぎりぎり勝ち取ってきた僅かなものを奪い取ろうとする。
 これには彼らが抱く喪失感・奪われた感が根拠としてあると思う。しかし、彼らはその解決のために強い方には矛先を向けない。例えば、年間3万の自殺者のうち2万人が経済的理由による。これを福祉の貧困と捉えて改善を求めるのではなく、在日外国人が生活保護を独占しているのが原因であるというデマに飛びつき弱者に憎悪を向け攻撃する。
 また、このように敵を発見して叩くのが目的化もしている。ありもしない在日特権がネット上で捏造されているのが好例。」
 「被害者が受ける傷みを切実には理解していないと弾劾された経験がある。被害者が存在し、更に日々生み出されていること、当事者の受ける切実性を感じる必要がある。解決の努力を当事者のみに任せておいてはいけない。こういう社会をどう変えていくかの議論が必要。」
 様々な具体的事例を挙げながら深刻な状況を語られ、
 「表現の自由は間違った対置がなされている。表現の自由を奪われているのは弱者の方。沈黙を強いられているのは攻撃されている側。
 ヘイトスピーチは『言葉の暴力』ではなく、単なる『暴力』」と締め括りました。

 第二部のパネルディスカッションを開始する前に、「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会にお話しいただきました。 
 「安倍のひどさは皆感じているだろうが、在日の人々はどれだけ長期間にわって差別の中で生きてきたかを考えて欲しい。昨年の国連人権勧告に対して、文科省は罰則規定がないからと一顧だにしなかった。他の課題についても政府はすべて同様な態度を取った。今回出た勧告でも政府が態度を変える展望はない。これに対して市民運動を大きく作る必要があると、諸課題を担う人々が共同で闘う体制が実現し、集会・デモを開催している。また、無償化排除に対して高校生が原告となった裁判も始まっている。」と切実な報告と闘いの必要性が提起されました。

 休憩を挟んで第二部のパネルディスカッションに移りました。
 
司会によるパネラー紹介の後、それぞれに語っていただきました。
 部落解放同盟奈良県連からは、まず水平博物館への差別街宣と裁判の概要が語られました。そして、博物館を被害者とすることで裁判には勝ったが、差別街宣自体は刑事罰にならないこと、不特定多数への差別発言は名誉毀損や侮辱罪が適用困難なこと、法務局の対応が何の効果もない形ばかりの物だったこと等、問題点も多く残されたとも。また、奈良の排外主義的動向について、「慰安婦」問題や住民投票に取り組んでいた議員や委員に対する自宅街宣でノイローゼから辞職に陥れた事例、排外主義企画への公共施設使用許可取消し要求が却下された顛末、強制連行や慰安所に関する公共の掲示板を天理市が撤去したことへの取り組みと共に、休校になっていた朝鮮学校がまずは幼稚部から再開する運びになったことを報告した。

 反天皇制運動連絡会は、冒頭に「これまでの発言を聞いて、攻撃されている被害者といっても自分たちは同列ではないことを思い知らされた」と表明。デモが受けている攻撃の状況を報告する中で、在特会は街宣右翼ほどの思想を持たずに「ハンテンレン」という記号を攻撃しているだけだが、現場での行動・体験により内面化していく部分もあると注意を喚起。デモに対する激しい攻撃を加える街宣右翼結集の形を作ったのが在特会だったと、その存在の社会的問題性を指摘。天皇制批判の言論を拡大し、その観点から排外主義を問題にしていきたいと語った。また、ヘイトスピーチの法的規制について、現在は在特会寄りになっている警察の恣意性を制約する意味があると提起。表現の自由一般を問題にするのではなく、内容的に議論していくことが重要と訴えた。

 脱原発テントひろばは、まずテントをメインターゲットとして攻撃しているのは街宣右翼ではなく在特会と報告(街宣右翼は別なメインテーマのついでにテントを扱うだけ)した。彼らの持つ暗い雰囲気と凡庸さの中にある理解不能な凶暴性を人間の本質から捉え返す必要があるのではと提起。自民党の中に広がる安倍に異論を出さず大勢に従う空気が市民社会に広がる可能性、異物を見つけ出し攻撃対象に仕立て上げることが大衆運動として成功していること、の危険性を指摘した。

 「慰安婦」問題に取り組む女たちの戦争と平和資料館は、在特会が登場する以前から政治家やメディアを通したヘイトがあったこと、その中で資料館の設置場所も慎重に考慮したことを紹介した。そのため現在、在特会は集会を開催する施設やそこに入っている無関係のテナントに攻撃をかける手法が主となっていて、そのために行政や政治家が二の足を踏むようになるのではないかとの危惧を表明。弁護士をそろえると共に闘える人を揃える必要があると確認。一方、若い人が最初に誰と出会うのか、最初に出会ったのが在特会という若者が多いのではないか、と運動の拡大の必要性をあらためて確認した。

 パネラーの最後に差別・排外主義に反対する連絡会メンバーから。攻撃する側が在日から生保・沖縄・等々と課題を広げる中で、シングルイシューで対抗できるのか、ターゲットにされた人たちが孤立しない様な連帯関係を作る必要があり、在特会に対する社会的包囲網を作っていきたい、またそれが反安倍の大きな体制にも繋がっていくと展望。在特会に対するカウンター勢力の大衆性を評価する一方で、散見される差別的姿勢・自己を日本人として肯定する前提等の克服課題の存在を指摘。検討課題として、法制化・国連勧告の認知度・表現の自由・グローバリズムや格差の拡大を通した国家への服従を要求する動き・等々を揚げ、これらを分析して捉えながら連帯・共闘するための議論の場として本集会があり、少しずつ入口をひろげているのではないかとの自負を表明した。

 最後に会場からの質問にまとめて回答する形で、安田さんから。安倍内閣は、在特会的空気をまとい、在特会的な者が在籍し、在特会を肯定している、そういう内閣として認識する必要性があると提起。レイシストとして生まれる者はいないが被害者意識に陥りやすい人はいる、最初の出会いが重要であり、その意味で情報を与えているメディアと政府の責任は重いと指摘。生保の受給率は減っている(受給者数は増えているが)・補足率も成果的に見て低い・不正受給はわずか0.38%で最大要因が高校生のアルバイト・外国人犯罪で犯罪件数が増えているというのも事実は逆・等、ネットのデマに対抗して繰り返し正確な情報を伝えていく必要を訴えた。

 司会から、これからの議論の必要性をあらためて訴え、本集会がその足がかりになったと確認しました。また、10月5日のデモへの参加を要請させていただき、交流会へと移行しました。

 

2014年9月28日日曜日

許すな! 差別・排外主義 10.5ACTION


生きる権利に国境はない! 私たちの仲間に手を出すな!

10.5Actionビラ日本語版10.5Actionビラ・ハングル版

【日時】2014年10月5日(日)
13時30分集合、14時30分 デモ出発
【場所】柏木公園(西新宿)
JR新宿西口より7分 地図はこちら

私 たち差別・排外主義に反対する連絡会は、2009年蕨市におけるフィリピン人一家嫌がらせ事件とそれに対するカウンター行動の教訓をきっかけに活動を立ち 上げてきました。カウンター行動と攻撃を受けている当事者とがどう結びつき、当事者にもたらす結果に対する責任をどう引き受けていくのか、また、レイシス トとの直接的対峙のみを自己目的化するのではなく、差別・排外主義的思想や風潮を醸成してきた歴史(観)そのものを対象化し、その根拠を払拭していく作業 を通して初めて、差別・排外主義と対決していく社会的包囲網の形成が可能になる、と考えて活動をしてきました。
 毎年秋には、「許すな!差 別・排外主義 ~生きる権利に国境はない!われわれの仲間に手を出すな!~」をスローガンとして、地域デモを積み重ねてきています。今年は10月5日に新 宿地域デモを行います。より大きな、そして歴史に耐えうる行動と世論・社会的包囲網の形成に向けて、ぜひ一人でも多くの仲間がともに考え、行動に参加して いただけることを訴えます。

10.5 ACTIONへの参加・賛同呼びかけ

 昨年は、新大久保を初めとして、差別・排外主義者らのヘイトスピーチ・デ モに対する抗議の声が大きな広がりを見せました。在日を含む地域住民による署名活動などの取り組み、国会審議での有志議員による追及や院内集会開催、12 人の弁護士による人権救済申し立て、ジャーナリスト・著名人による社会問題化等、ヘイトデモへの直接の抗議や監視、世論や社会的包囲網の形成において、大 きな前進を目の当たりにすることができました。
 また、今年7月8日には、大阪高裁における「京都朝鮮第一初級学校襲撃事件裁判」控訴審の 勝訴判決が勝ち取られ、「在特会の行為は人種差別撤廃条約が禁じた人種差別に基づく違法行為である」と断じた京都地裁勝訴判決より一歩踏み込み、民族教育 や私人間の条約適用に言及した判決が出されました。さらに、7月、国連自由人権規約委員会が、在日韓国人らに対する「ヘイトスピーチ」に懸念を示し、これ まで以上に厳しい態度で、差別をあおる全ての宣伝活動の禁止を勧告しました。
 私たちは現時点において、日本における在特会等の差別・排外主義者の台頭と跳梁跋扈に対し、ぎりぎりのところで対抗ラインを作り出してこれたのではないかと思います。
  しかしその一方で、朝鮮学校を「高校無償化」の対象から除外するに留まらず、それと連動して補助金を打ち切る自治体が続き、小学校に配布していた「防犯ブ ザー」の支給を市が打ち切る(後に撤回し配布)という事態が進行してきました。沖縄県八重山地区などでの差別・排外的歴史教科書の採択強制、朝日新聞の検 証記事を捻じ曲げた「従軍慰安婦」問題における歴史的事実の否定と居直り、何より靖国参拝や教育への国家の右翼的介入、尖閣諸島をめぐる領土問題、秘密保 護法強行制定と集団的自衛権容認等、改憲・戦争する国づくりへと暴走する安倍内閣が高い支持率を保っている原因をこそ、問題としなくてはなりません。
  私たち差別・排外主義に反対する連絡会は、2009年蕨市におけるフィリピン人一家嫌がらせ事件とそれに対するカウンター行動の教訓をきっかけに活動を立 ち上げてきました。カウンター行動と攻撃を受けている当事者とがどう結びつき、当事者にもたらす結果に対する責任をどう引き受けていくのか、また、レイシ ストとの直接的対峙のみを自己目的化するのではなく、差別・排外主義的思想や風潮を醸成してきた歴史(観)そのものを対象化し、その根拠を払拭していく作 業を通して初めて、差別・排外主義と対決していく社会的包囲網の形成が可能になる、と考えて活動をしてきました。
 当事者の要請に基づく集 会・デモなどの防衛・監視行動、新大久保商店街や攻撃のターゲットになっている地域でのビラまきや話し込み、差別・排外主義に反対する討論集会やデモ、日 常的な当事者との交流の追求などを積み重ねてきました。カウンター行動ではチラシを用意して現地の商店街や通行人に配布しながら、ヘイトデモを包囲・追走 してきました。
 こうした中で、残念ながらカウンター行動の中にも、ナショナリズム的な排外傾向や女性差別的な表現、差別に対して差別で対 抗するかのような行動が見受けられることに、私たちは危機感を感じてきました。これでは差別の根っこを断ち切り、差別・排外主義的歴史(観)を克服するこ とはできない、新たなナショナリズムとレイシズムの嵐に対抗できない、と思います。
 この間、私たちは、上記の問題意識に基づき、さまざま な仲間たちとともに考え意見を交わしたいとの思いから、連続討論集会を開催してきました。9月21日には、「在特会はなぜこうした人々を憎悪するのか?」 と題して第3回の討論集会を開催します。また、毎年秋には、「許すな!差別・排外主義 ~生きる権利に国境はない!われわれの仲間に手を出すな!~」をス ローガンとして、地域デモを積み重ねてきています。
 今年は10月5日に新宿地域デモを行います。より大きな、そして歴史に耐えうる行動と世論・社会的包囲網の形成に向けて、ぜひ一人でも多くの仲間がともに考え、行動に参加していただけることを訴えます。
 多くの皆さんの10.5 ACTIONへの参加・賛同をお願いします。

○ 10月5日(日) 13時30分集合 14時30分~デモ出発
○ 会場:新宿・柏木公園 (JR新宿西口より7分)


差別・排外主義に反対する連絡会 Email: hannhaigaisyugi@gmail.com
郵便振替口座:00200‐5‐38572 差別・排外主義に反対する連絡会
(ATMで振込の場合、口座名義人が「フォーラム S―16 」と表示されます)
以下をコピーいただいてメールで hannhaigaisyugi@gmail.com 宛てお送りいただいても結構です。


10.5 ACTION に賛同します。

団体(1口 1000円)
○名称:
○口数:     口
個人(1口 500円 差支えなければ肩書きもお願いします)
○お名前:                (     )
○口数:     口
公表   <可 不可>  (どちらかお選びください)
“公表可”として戴いた方につきましては、後日、紙上等で報告させていただきます。
(ネット上では公表しません。)

2014年8月17日日曜日

9.21差別・排外主義にNO! 第3回討論集会


9.21差別・排外主義にNO! 第3回討論集会

<在特会>は、なぜこうした人々を憎悪するのか?

 私たち連絡会は、この間、お互いの意見や経験を共有、深化する場として連続討論集会を開催してきました。(第1回:「2013年を振り返ってー何が起こっているのか? 何が問題なのか?」。第2回:「攻撃された当事者は何を思う? 私たちはどう繋がるか?」)
 今回は、この国の歴史と現実に真正面から向き合い、異議の声をあげている故に、<在特会>の攻撃のターゲットになっている運動を担う方々とともに、上記テーマによるパネルディスカッションを行います。
 活発な討論を通して、より一層の広範かつ内実のある社会的包囲網の形成を、ともに獲得していきたいと思います。
 皆さん、ぜひご参加ください。

【日時】2014年9月21日(日)
(13時15分開場、13時30分開始) 
【場所】文京区民センター 2A会議室 
(都営三田線/大江戸線春日駅A2出口 徒歩0分)

第一部 報告 <在特会>が憎悪の対象とする人々
          講師:安田浩一さん
第二部 討論 差別・排外主義をどう捉え、対決するか?
         それぞれが、いかに結びつき、反撃するか?

パネルディスカッション
          部落解放、反天皇制、反原発、生活保護バッシング、
          差別・排外主義に反対する連絡会、など、各運動から
 
※資料代 500円   ※集会終了後、同会場にて交流会を行います。

2014年5月13日火曜日

Column 公立学校の職員だった頃

 1976年4月、私はある政令指定都市の学校事務職員になりました。当時は終身雇用という考えが当たり前の時代でしたが、それまで私は頻繁に職業を変えていました。年齢も30歳に手の届くほどになっていましたが、1年以上続いた仕事はなく、この事務職員という仕事も長続きできる自信はありませんでした。事務の仕事は初めてだったということもありましたが、それ以上に社会に馴染めない性格と諦めていたからでした。それまでの勤続最長記録が10か月でしたから、この事務職員という仕事が1年続いた時は、我ながら感心してしまいました。
 事務職員2年目に入った或る日、配属された学校の校長が市教委からの要請があったとして、「特殊学級」(今は特別支援学級と称されているようですが、当時はそのように呼ばれていました)を設置したいと職員会議に提案してきました。通り一遍の障害児教育の必要性を語った後、その校長は本校に空き教室ができるから是非市教委の要請を受け入れたいと結びました。私はこの会議でどんな議論が交わされるのか興味深く見守っていました。しかし、議論はおろか反対する意見もなく、賛成多数で可決するかに見受けられました。
 因みに、当時の職員会議は当然ながら教師が主体でしたが、事務職員も参加することができました。「教員会議」ではなく職員会議だったのですが、事務職員や学校用務員が会議に参加し意見を述べることを快く思っていない教師もいたようです。当時の学校における最高議決機関は職員会議であると位置づけられていましたから、教師が職員会議に出ないのは言語道断とされたのですが、事務職員の場合は「どうぞご自由に」という寛大な(!)状態でした。
 設置されたら、いずれその「特殊学級」の担任になるかもしれない教師たち、しかも当時のこの学校の教師は障害児教育の基本さえも学んできていない人たちばかり、あまつさえ空き教室ができたから設置するという安易さに、私はすこぶるつきの違和感を覚えたことを今でも思い出します。本当に必要なら、空き教室云々は関係ないのではないか、設置してしまったら今いる児童の中から「その子」を選別せざるを得なくなるし、その時点では責任を持って担当できる教師はいないのではないか等々、考えざるを得ませんでした。ところが、当事者であるはずの教師たちからは何の意見も質問も出されませんでした。
 「次年度から特殊学級を設置する」と決定宣言される前に私は、悩んだ末思い切って手を挙げました。私自身は事務職員であるので、門外漢ではあるけれどもという前提で発言を求めました。空き教室ができたから設置するというのは本末転倒ではないか等々、私は疑問に思ったことを全て述べ、もっともっと議論すべきこと、しかも次年度からというのはあまりにも性急すぎることなどを述べたのでした。その結果、多数意見は逆転し「特殊学級」の設置はなくなりました。
 実は、私が言いたいのはそのことではなく、その後のことなのです。

 それまで私は学校というところに1年以上勤務し、圧倒的多数が教員という中で、私のような事務職員或いは学校用務員、給食調理員も含めて、誰もが平等にそして比較的「民主的に」共存共栄しているところと感じていました。
 しかし今思えば、それは波風の立っていない平穏無事の状態だったからかも知れません。学校という場もさることながら、教師という職業柄「平等」は常に念頭に置かねばならない命題だったはずです。そうしなければならないという観念と、実態としてそうであることとの区別がついていなかったのは、この世界も同じことでした。隠された本音は意外なところで暴露されるものなのです。
 私が「特殊学級」の設置に反対したことが、思いもかけないところで噂になっていたようなのです。伝え聞いただけで正確ではないかもしれませんが、「事務職員ふぜいが余計なことを言った」云々、要するに職員会議に出席させてやっている事務職員に重要な議題がひっくり返されてしまった、というような内容だったと思います。「事務職員」という職業を明らかに一段下に見ていたということでした。うすうすは感じていたことなのですが、この時はっきりと確認できたのでした。校長も(特に市教委に対して)自分の顔がつぶされたと感じていたのか、私に恨みがましいことを言ってきましたし、どういうわけか「部落」の問題まで持ち出し「寝た子を起こすな」が一番と声を大にしていました。とんでもない教育者です。
 多分この件がなければ、温厚で善良な校長と思っていたことでしょう。この校長さん、よほど腹に据えかねたのか、区校長会の席でも愚痴っていたとのこと・・・。いずれにしろ、この件で問題になったのは障害児教育とは何なのかということでは全くなく、別の次元の問題としてこの件は雲散霧消してしまったのでした。そのことがあった2年後(この学校に勤務して4年後)に私は別の学校に転勤したのですが、それから間もなく「特殊学級」が設置されたと伝え聞きました。

 私が当初抱いていた(辞めるかもしれないという)予感は外れ、紆余曲折はあったものの、結局、定年退職まで学校事務職員でいることができました。その間、一部教員集団の中に根差していたと思われる差別意識に触れることもしばしばありました。それはまた、別の機会にお話ししたいと思います。

 いずれにしろ、全ての教師に(それは事務職員も含めてなのですが)、差別的な(潜在)意識があったと言っているわけではありません。ただ気になるのは「教師だから差別はない」という意識なのです。確かに教師は「差別」を認めてはならないし、自らの言動自体もそうでなくてはならない存在です。しかし、当たり前のことですが「教師」という名称が差別意識の不在を証明するものではありません。時としてその違いが分かっていない「先生」に出くわしてしまうのは残念なことです。

 私は定年退職するまでに6校を経験しました。転勤先の校長に面白い方がおりましたので、最後にその方をご紹介したいと思います。
 初対面の印象では、威風堂々というか、職場ではかなり威張り散らしているという感じの方と私は思いました。職員の間でもそのように噂されていました。保護者はもちろん、近隣住民や町会長なども深々と頭を下げるほど「尊敬」されている方と思われていたのでした。教師たちも戦々恐々というふうで、触らぬ神にたたりなしと誰もが敬遠していましたから、統率が取れまとまりのある職場と思われていました。しかし、実態はそうではありませんでした。結果的には、そのしわ寄せが子どもたちにも及んでいたのです。外からの評判は極めてよかったのです、(私が)その学校に転勤すると言うと皆が口をそろえて、あそこはいい学校だと言っていたのでした。実際、中に入ってそうした評価の意味が皮肉な形で分かりました。私は他の職員のように従順ではありませんでしたが、「事務職員」だからそれができたのかも知れません。
 いずれにしろ私が転勤した2年後、その方は定年で職場を退き、普通のおじさんになりました。ある時そのおじさんが、当時の威厳を保ちながら学校を訪れて来たのですが、もはや当時の「神通力」は全く通じなくなっていました。
 案の定、多くの人は「校長」という役職にお辞儀をしていたのであり、敬意を払っていたのはその役職に対してだったのでした。ところが、当のご本人は(自分の)人格のしからしめるところと大いに勘違いしていただけだったのです。
 当時の学校では、このような「裸の王様」も稀に(と思うのですが)目撃することができたのでした。

2014年4月30日

差別・排外主義に反対する連絡会 K

2014年3月12日水曜日

4.13差別・排外主義にNO! 第2回討論集会


4.13差別・排外主義にNO! 第2回討論集会

~ 攻撃された当事者は何を思う?  私たちはどうつながるか? ~

本年2月25日岩波書店より『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件 - 〈ヘイトクライムに抗して〉』が刊行されました。著者の中村一成さんが、当事者のみなさんが「何を思い、何を考えた」のか、取材を重ね文章に紡いで下さいました。
私たち差別・排外主義に反対する連絡会は、著者のジャーナリスト中村一成さんと弁護士の金哲敏さんをお招きして「私たちの仲間の思いをたどる」場を企画します。皆さん、ぜひご参加ください。

【日時】2014年4月13日(日)
(13時15分開場、13時30分開始) 
【場所】文京区民センター 2A会議室 
(都営三田線/大江戸線春日駅A2出口 徒歩0分)

第一部 報告 攻撃された当事者は何を思う?
 中村 一成さん(ジャーナリスト)
 金哲  敏さん〈弁護士〉

第二部 討論 私たちはどうつながるか?
パネルディスカッション
              中村 一成さん、金哲敏さん
       差別・排外主義に反対する連絡会、他

 ※資料代 500円
 ※集会終了後、同会場にて交流会を行います。
      おいしい料理付きで、飲食代込み2000円です。ふるってご参加ください。
   ★持ち込み大歓迎です。

2014年3月11日火曜日

Column No.04  「職に就くということ」 By でもしか

 2010年の秋、ある在日コリアンの団体が主催する講演集会で目にした光景です。その集会は、在日朝鮮人の人権の現状と課題を考える集まりだったのですが、集会の終り頃、壇上に若い弁護士数人が登壇しました。そして、司会者から「今年から弁護士になったメンバーです」と、一人づつ紹介されていました。
 学生からすぐに司法修習に入った人達なのでしょう、みんな20代と半ばと思われる若さで、初々しさが漂っています。
 それぞれ挨拶するのですが、みんな異口同音に「同胞のために頑張る」ということを発言します。その挨拶に、会場からは大きな拍手と、「頑張れ!」「頑張って!」の掛け声が何人もの人から飛びます。ものすごい熱気でした。若い弁護士達への熱い想いが、ビリビリと伝わってきました。
 ああ、何とうらやましい光景でしょう。就職する時に、こんなに多くの人達から祝福され、そして期待される ‥‥自分が職に就くということが他人のためになるのだということを、この若い弁護士達は肌身で感じたはずです。こんな体験をできる日本人はめったにいません。日本人の場合は、祝福されたとしても、せいぜい家族や友人レベルですから。
 「同胞のために頑張る」という挨拶の言葉に思います。彼・彼女らが弁護士になったのは、「社会のため」「人権のため」という抽象的な動機からではないのです。彼・彼女らの目には「同胞」(いうまでもなく在日コリアンです)という明確な人々の姿と生活が映っているはずです。自分は何のために働くのかが、はっきりとしています。どんなにやりがいのある仕事になることでしょう。たいした目的意識もなく、なんとなく流されて無難な就職をしたわが身をあらためて振り返ります。

 一方でこの光景の裏側には、在日コリアンが置かれた人権状況のひどさがあることを思います。それだから弁護士にあれだけの熱い期待を寄せざるをえない。そう読み変えてみると、これからこの若い弁護士達が直面するであろう多くの醜い現実を作ってしまっている側の人間として、いろいろ考えさせられます。ただ感動しているだけではいけないなあと。

2014年1月13日月曜日

未来への橋頭保―2013年 差別・排外主義にNO!12.8討論集会報告

未来への橋頭保―2013年
差別・排外主義にNO!12.8討論集会報告
<2013年 新大久保・京都判決を振り返って―何が起こっているのか?何が問題なのか?>
 2013年12月8日、東京・新大久保カウンター行動と京都朝鮮第一初級学校襲撃事件裁判(以下、「京都裁判」)の2つの闘いを中心にして反レイシズム闘争の現状を考える標記集会を開きました。プログラムは次の通りです。

<第一部 報告>
・新大久保カウンター行動について

金展克さん(新大久保でのカウンター行動やヘイトスピーチデモの排除を訴える署名活動等を展開)
・京都朝鮮第一初級学校襲撃事件裁判について
金尚均さん (龍谷大教員、裁判闘争を中心で担う)
・2000年以降の差別・排外主義の動向とその背景
当連絡会メンバーFG
・2009年蕨事件以降の連絡会の取り組みと具体的問題
当連絡会メンバーMY
・各報告を受けて
鵜飼哲さん(『インパクション』編集委員)

<第二部 パネルディスカッション>
[排外主義勢力との対決と社会的包囲網/攻撃にさらされながら闘う人々との連帯の方法/排外主義廃絶のための法的規制などをめぐって]

パネリスト:金展克さん/金尚均さん/鵜飼哲さん/当連絡会メンバーFG/当連絡会メンバーMY
 
 新大久保カウンター闘争はレイシストのヘイトデモを中止に追い込み、京都裁判闘争は京都朝鮮学校へのヘイトスピーチが民族差別に基づく不法行為であるとの認定と街宣差し止めの判決を引き出しました。東と西で2013年に大きな成果を勝ち取ったこの2つの闘いの取り組み過程と意義について、金展克さんと金尚均さんから語っていただきました。そこからは、在日コリアン当事者の苦闘が大きな運動陣形へ拡大していった様子がわかりました。そしてお二人のお話からは両者がお互いに励まし合うものだったということがわかるとともに、それぞれの成果を今後の闘いに活かしていく道筋を見ることができました。

<重層的な闘い-新大久保カウンター闘争>
 「在日特権を許さない市民の会」(以下「在特会」)を始めとするレイシストの新大久保デモは、2012年までは「お散歩」と称して商店街を練り歩いて店や店員に暴力をふるうというやりたい放題の状況でした。それに対して、2013年になってカウンターが始まります。
あまり知られていないことですが、1月のKポップファンによる在特会への抗議メールの集中が出発点でした。それが街頭での直接抗議の誕生につながったそうです。
 街頭でのカウンター行動は2月9日の「しばき隊」の登場から始まりますが、「プラカ隊」「知らせ隊」「ドラム隊」「ダンス隊」など、さまざまな表現方法を取る人達が集まって多様なスタイルをとりつつ、人数が一気に膨れ上がっていきます。そして、6月30日には出発地点の公園を包囲してデモをさせない闘いが呼びかけられ、2,000~2,500人が参加しました。デモそのものを阻止することはできなかったものの、初めてデモコースから大久保通りをはずさせることに成功します。そしてついに、7月7日のデモを中止に追い込んだのです。
 中止に追い込んだものは何か? 金展克さんは、いろいろな要素が合わさった結果と分析します。2月から7月までのいろいろな取り組みを時系列的に説明して下さったのですが、並行して進められたいろいろな取り組みが、時を追うごとにお互いを強めていった過程がよくわかりました。
 大久保地域住民は、デモコースから新大久保地域をはずすように在特会に行政指導をすることを求める署名運動を始めます。これは、15,000筆を超えました。3月上旬には有田芳生参議院議員が中心になって参議院で院内集会を開催し、同下旬には12人の弁護士が人権救済を申し立てます。これをきっかけにマスメディアが事態を取り上げ始めます。3月31日のカウンターでは、大久保通りに設置された商店街の大きなメッセージビジョンで、9人の著名人がヘイトスピーチ反対を訴えました。5月上旬には第2回の院内集会を開催するとともに、参議院の予算委員会・法務委員会で総理大臣と法務大臣に国会質問。安倍首相は「きわめて残念」と答弁。
 5月下旬、国連人権理事会勧告が出されるとともに日本弁護士連合会会長が声明発表。これには勇気づけられたという金展克さん。6月、第3回の院内集会が開催されるとともに、署名活動第2弾として、公園使用許可を出さないことを新宿区に求める署名活動を大久保地域住民が始めます。そして7月1日の日韓外相会談では、韓国の外相が新大久保の事態について言及して、ついに「国際問題」になります。これにも勇気づけられたとのことです。
 現場カウンター闘争が半年間で一気に社会的包囲による闘いへと拡大していく経過が、金展克さんのお話からよくわかりました。

<京都朝鮮第一初級学校襲撃事件裁判が切り開いた論理的地平>
 新大久保を始めとする各地のカウンター闘争は、京都裁判の闘いを支えました。「カウンターが出現することで自分達は精神的に安定しリラックスできた」というのは金尚均さんの言葉。お話によると、2009年12月4日から翌年3月28日までの在特会による3回の学校襲撃時は、保護者と一部の関係者だけで対応せざるをえなかった。「相手にするな」という声も多かったそうです。襲撃を警察は見ているだけで止めないし、裁判所から出された示威活動禁止の仮処分も無視される。警察も司法も自分達を守らないという絶望感の中、孤独な闘いを強いられたといいます。
 しかし、刑事告発に赴いた警察署で告発書の受け取りを拒否するかのような露骨な妨害に遭うという事態に直面して、“民族教育の機会を奪おうとする動きに対しては何としても闘わなければいけない”という強い思いから決意を固めて、2010年6月に民事訴訟に踏み切ります。
 3年間の裁判闘争の結果、2013年10月7日、京都地裁で勝訴の判決を勝ち取ります。判決は、在特会の行為は人種差別撤廃条約が禁じた人種差別に基づく違法行為であるという画期的な認定をします。その上で、①約1,200万円の損害賠償②朝鮮学校周辺で学校関係者への面談強要および学校を誹謗中傷する演説・ビラ配布・徘徊の禁止、の2つを命令したのです。人種差別に基づく違法行為を認定したことの重要さはもちろんですが、現場の当事者としては②の街宣差し止めの意義が大きいと金尚均さんは指摘します。当事者を直接守るからです。
 今回の判決は、在特会のヘイト襲撃が個別の生徒や教師という個人ではなく学校全体に損害を与えたと認定した上で、街宣差し止めまで踏み込みました。新大久保のヘイトデモを中止に追い込んだのと同じ地平の結果をもたらしたのです。しかし、ここには法理論上の見過ごせない問題があることを、金尚均さんは指摘しました。今回の判決は学校全体を被害者と認定しましたが、これは「学校法人」としての京都朝鮮第一初級学校です。法人すなわち“法制度上の個人”で、実態や判決の影響はどうあれ、あくまでも「個人」を救済したものなのです。ある集団全体に人種差別が行なわれても、個人に具体的な損害が生じていない場合は損害賠償を命じることはできないという線を、この判決は崩していません。今回の判決をそのまま適用して、新大久保地域全体での街宣差し止めが命じられるかどうかというと難しいのです。個人ではなく属性(民族・性別等)を理由にして差別が行なわれた場合に、それを問題にできる法的な理論が必要というのが、金尚均さんの指摘する課題の第1点です。
 課題の第2点は、在日コリアンの民族教育権をきちんと社会の中に位置付けることです。在特会のヘイト襲撃の動機は、在日コリアンの民族教育への敵意です。しかし、判決はこの点は意図的に触れていません。また、「みんなフラット(平等)ですよ」という思考から始まる“基本的人権の尊重”では、在日コリアンへのヘイトクライムが始まる歴史的事情の捉え方が弱い、それが日本社会の弱みになっていると金尚均さんは指摘します。

<2つの闘いをマイルストーンにする>
 新大久保カウンター闘争にたくさんの人が決意を持って集まったことがとても貴重なことと前置きして、金展克さんはこれから何をしたらいいかを語りました。「熱量」という表現を使いましたが、その高い熱量があるうちに状況が後戻りできないような「マイルストーン」(注:物事の進み具合を確定させる節目)をきちんと作ることを切実に望んでいるとのことです。具体的には、何らかの法制度を作ること。これが当事者にとっては安心度が高いとのことです。
 ここで京都裁判闘争が勝ち取った地平を発展させる方向性が出てきます。法律によるヘイトクライム規制の問題ともつながっていきます。この問題に詳しい師岡康子さんが会場にいらして、話をうかがうことができました。
 国会議員の中で2014年にも規制法案を提出する準備が進んでいるが、今の国会状況では成立させることは難しいのではないか。刑事規制は時間がかかるので民事規制(たとえば人種差別禁止法)でヘイトスピーチ規制を入れるという進め方が考えられる。また実現性で言えば、地方自治体で条例等を作ることはやりやすいとのことでした。
 どのような方向で進めるにしても、一つ考えなければいけないことがあります。コメンテーターの鵜飼哲さんの指摘です。排外主義の闘いの前面に在日コリアンが出ざるをえない状況を作ってしまったことの問題。2つの闘いは力強いが、日本の圧倒的な排外主義の中でそれは、在日コリアンが危険な圧力にさらされるということを意味します。これは私達自身が克服しなければいけない課題と鵜飼さんは指摘します。
 これから私達はどうするのか?日本人に求めることは何ですかという質問に、金展克さんも金尚均さんも異口同音に「現場に来ること」と答えています。たくさんの人が集まることに計り知れない意味があるというのが、当事者の想いです。

<「カウンター以前」の取り組みから活かすもの>
 私達「差別・排外主義に反対する連絡会」(以下、「連絡会」)は、2010年に活動を始めました。今のような街頭でのカウンター行動は誰も展開できていない時期です。その頃の運動をもう一度振り返り、今後に継承するべきものを考えてみました。報告は当連絡会メンバーMYです。
 連絡会が始まったきっかけは、2009年蕨市におけるフィリピン人一家嫌がらせ事件でした。レイシストのデモとそれへの抗議。そこから起こるある種の混乱状況の中で地域の運動が停滞していってしまった現実を、私達は重く受け止めました。
 この事件をきっかけにして始まった「行動する保守」グループの暴力的な直接行動、攻撃目標とした個人や集会に直接襲撃をかけるというあり方は、当時いろいろな団体に動揺を引き起こします。連絡会にも問い合わせが相次ぎます。連絡会としてはそれを受けて、現場のトラブルへの対処方法を研究するとともに、攻撃の対象にされた集会が平穏に進められる環境を作るために監視・警備をすることをめざしました。ある外国人集住地域の場合は、大使館を含めた関係者が攻撃の拡大を防ぎ事態を鎮静化するために相当努力を積み重ねており、連絡会もそれを支えるために動きました。その地域や個人が繰り返し攻撃を受けることを避けることを第一に考えて、慎重な対応をしたのです。
 しかし、2013年の新大久保のように攻撃が反復して継続する場合には、このような行動様式では取り組みが弱くなってしまうことを、今は改めて感じています。
 また、新大久保カウンター闘争の盛り上がりを支えたのは、地元商店街の人達が取り組んだ地道な署名活動の取り組みだったのではないかととらえ返しています。レイシストは攻撃目標を絞ると、しつこくやってきます。そうすると「こういうのを認めていいのか」という世論が必ず出てきます。それを強めていって社会的包囲網を多くの人の力で作っていく、それを連絡会はめざしていきます。さまざまな現場に足を運ぶ、さまざまな思いを重ねながら、みんなの知恵を集めて解決していきましょうと結びました。

<ネット右翼と「行動する保守」の土壌>
 集会では、2013年の動きの確認だけではなく、それが国家レベルでの中期的な排外主義の変容の中でどのように位置づくのかを明らかにしようとしました。「2000年以降の差別・排外主義の動向とその背景」を当連絡会メンバーFGから問題提起しました。
 一つは1995年の河野洋平官房長官談話に反発する形で始まった、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史修正主義です。「軍隊慰安婦は強制ではない。朝鮮人強制連行はなかった」などと歴史的事実を捻じ曲げる主張を展開し始めました。
 もう一つは、1980年代のスパイ防止法制定策動から始まる右翼国民運動の流れです。これが1990年代以降に、「対テロ」の形を取り始めます。1995年地下鉄サリン事件、2000年石原都知事「三国人が暴動を起こす」発言、そして2001年9.11事件によるアメリカの「テロとの戦争宣言」。これが“異端者あぶり出し”の動きを強めました。
 この二つが合流した表れが、2008年にノンフィクション作家工藤美代子が大手出版社の雑誌に発表した記事です。そこでは「関東大震災時の朝鮮人虐殺は正しかった」と公然と記述されていました。趣旨は「テロリストになる可能性がある(から虐殺も仕方がない)」というものです。
 ネット右翼や「行動する保守」グループは、このような土壌の上で活発になりました。公然と登場したのは2004年のイラク人質事件バッシングです。街頭でプラカードを掲げて攻撃を加えるなど、それまでの街宣右翼や新右翼とは異なるスタイルが、この時初めて登場しました。そして、「新しい歴史教科書をつくる会」以上に、民族排外主義の色が濃厚です。民族差別の領域だけではありません。社会的弱者が権利を行使することを徹底的にたたきます。それは、生活保護バッシングに見られるように、政治家が先頭を切ってそれを草の根が追っていくという構造にもなっています。
 ネット右翼や「行動する保守」グループが跳梁跋扈する歴史的・政治的背景を見ることで、彼らに対してどのようなアプローチをするかを考えていこうと提起しました。

<戦争レイシズム>
 コメンテーターの鵜飼哲さんに、4人のパネリストの方のお話のつながりについて、適宜まとめていただきました。
 まず、金展克さんと金尚均さんのお話を、私達がどのように受け止めたらいいかについてです。潜在的にあるはずの反レイシズムの世論を顕在化させなければ運動に未来はないが、新大久保カウンター闘争はそれを実現した。大きな一歩と評価しています。それと同時に、この国が戦後一貫して否定してきた朝鮮の人々の民族的教育権を確立する方向性を作っていかなければいけない。京都裁判で勝ち取った成果を発展させるために、私達が真剣に考えるべきポイントだという提起でした。
 そして、全体の話を「戦争レイシズム」という視点でまとめました。
 「何段階かを経て日本人の精神的再武装が進められている」という海外での論評を紹介されていました。2002年の小泉訪朝から始まった北朝鮮バッシングが、その第1段階。それが安倍政権になって、中国・台湾との領土問題をきっかけにして飛躍的に強化されています。そのような状況の中では、レイシストが新大久保でがなり立てるスローガンは、韓国に対する「戦争宣言」だということ。戦争をするというメッセージでレイシストは街頭に出てきた。そのことを世論に喚起しなければならない。
 そして、札付きのレイシストである石原慎太郎が3期にわたって東京都知事を務めているわけです。つまり、東京都民にとってはレイシズムの問題は重要ではなかった。このことの持つ問題を私達は見据えなければならないと訴えました。
 「これからテロリストになる可能性」という論理について、これはイスラエルがパレスチナを攻撃する時に使われるものだと指摘します。70年前に日本がやったような侵略戦争だけが戦争の形ではない。イスラエル型の戦争があるのだという指摘です。
 「関東大震災からまだ90年」「戦争になって最初に殺されるのは在日」という在日コリアンの言葉を紹介しつつ、在日外国人を徹底的に排除する中で成り立っている戦後のあり方を問い直していこうと結びました。

<未来に向けて>
 最後に、未来に向けて2013年の闘いが切り開いた地平について、手前味噌ですが当連絡会メンバーFGの発言を紹介してこの報告を終わります。「今後反ヘイトの闘いを進めていくにあたって、この1年間の闘い、特にカウンター闘争をどのように評価するか」という司会からの問いかけへの発言です。
 「活動家だけではなく普通の人が参加して自分の意志でプラカードを掲げたこと、創意工夫した戦術で立ち上がったことがすごいと思う。参加者は延べにしたら大変な人数になっているし、メンバーや戦術は、特定秘密法案反対や沖縄辺野古基地建設反対の闘いにつながっている。それぞれの闘争課題ごとにタコツボ化してしまった現状を食い破るうねりができたことを実感している。人間の尊厳を踏みにじるものに対しては立ち上がらなければいけないという気持が(お互いに)伝わっていく流れができた」。

以上

2013年11月25日月曜日

差別・排外主義にNO!12.8討論集会

差別・排外主義にNO!12.8討論集会 2013年 新大久保・京都判決を振り返って━何が起こっているのか?何が問題なのか?日時】2013年12月8日(日)13時15分開場、13時30分開始【場所】南部労政会館 5・6集会室(JR大崎駅南口・ゲートシティ大崎・ウエストタワー2F)


差別・排外主義にNO!12.8討論集会

2013年 新大久保・京都判決を振り返って━何が起こっているのか?何が問題なのか?
【日時】2013年12月8日(日)13時15分開場、13時30分 開始
【場所】南部労政会館 5・6集会室(JR大崎駅南口・ゲートシティ大崎・ウエストタワー2F)

 この1年、大阪・鶴橋や東京・新大久保などの地域で、在特会(在日特権を許さない市民の会)を始めとする排外主義集団が、「朝鮮人を殺せ!」「日本から出ていけ」などという、聞くに堪えない激しい罵声、差別的言辞、ヘイトスピーチを吐きながらデモを行い、商売の邪魔をし、地域の人々に暴力をはたらいてきました。

デモの写真
これに対し、特に今年に入り、様々な人々が立ち上がり、警察の介入・弾圧も受けながらも対抗アクションや抗議行動が活発に取り組まれ、マスコミや国会でも取り上げられるなど大きな社会問題になりました。

 また10月7日には京都地裁が、4年前に在特会によって引き起こされた京都朝鮮学校への激しい街頭宣伝活動、ヘイトスピーチに対し、これが人種差別に当たると明確に指摘した判決を言い渡しました。そこで住んでいるがために簡単に怒りの声をあげられない住民とどのような連帯の行動をとっていったらいいのか。私たちが言葉にする「反差別」の内実が鋭く問われています。

私たちは4年前から、こうした差別・排外主義、レイシズムの動きを食い止め,彼らを生み出し容認している日本社会の土壌を克服していこうと活動してきました。集会では、私たち自身の取り組みだけでなく、多くの人々の勇気ある行動を振り返りながら、一体何が起こっているのか、なぜ生まれてきたのか、何が問題なのか、これから何が求められているのかを大いに議論し、これからの課題を語り合いたいと思います。ぜひとも多くの皆さんの参加を呼びかけます。

Program
第一部 報告
・新大久保カウンター行動について
  金展克さん
  (新大久保でカウンター行動 や署名活動等を展開)
・京都朝鮮第一初級学校襲撃事件裁判について
  金尚均さん(龍谷大教員)
・2000年以降の差別・排外主義の動向とその背景
  (差別・排外主義に反対する連絡会)
・2009年蕨事件以降の連絡会の取り組みと具体的問題
  (差別・排外主義に反対する連絡会)
・各報告を受けて:鵜飼哲さん(『インパクション』編集委員)

会場(クリック)
第二部 パネルディスカッション:
[排外主義勢力との対決と社会的包囲網/攻撃にさらされながら闘う人々との連帯の方法/排外主義廃絶のための法的規制などをめぐって]
パネリスト:
金展克さん/金尚均さん/鵜飼哲さん/連絡会メンバー

主催●差別・排外主義に反対する連絡会

2013年11月24日日曜日

9・23Actionでのアピール


「民族差別への抗議行動を知らせ隊」(メッセージ)

   生きる権利に国境はない。私達の社会を、排外主義・レイシズム・植民地主義の軛から解放し、人の住む社会へと変えていく行進を、多くの人と共に歩みましょう。

「差別撤廃東京大行進実行委員会」

   昨日の差別撤廃東京大行進、約3,000名の参加で、報道の方でも拾っていただけるということで、周知効果を狙ったデモとしては、ひとまず成功と言ってもいいのかなと思います。
 差別撤廃東京大行進は、新大久保のカウンターを中心に盛り上がってきたものです。日本社会には、他にもたくさんのいろいろな差別があります。我々はそんなに広く扱えているわけではないのですが、昨日の大行進とか、広いテーマにいろいろな人が興味を持って考えていってもらえるきっかけになってくれればと考えています。

「高校無償化からの朝鮮学校排除に反対する連絡会」

   安倍政権が真っ先にやったことは、朝鮮学校を無償化から排除するという差別的な政策でした。5月17日に国連の社会権規約委員会から日本政府に対して、朝鮮学校を無償化から除外するのは差別である、直ちに適用するべきであるという勧告をもらいました。オモニ会の代表5人と通訳が熱心に国連でロビー活動をやった成果だと思っています。
この勧告を持って、文科省に交渉に行きました。文科省は、国連の勧告には法的な義務はないという返事でした。国連勧告に従う義務なしと閣議決定していますが、これは国際社会ではとても受け入れられない大変な問題だと思っています。私達がいろいろ質問しても、訴訟の場で答えるのでここでは答えないということでした。
 7月末に韓国・ソウルで「平和のためのシンポジウム」が行なわれ、そこの日韓過去清算市民報告会に要請を受けて行ってきました。韓国の市民運動では、この問題は「過去清算の問題である」とはっきりと位置付けて運動してくれていることを、大変心強く思って帰ってきました。決議文もいただいてきました。この決議文と韓国から当事者をお招きして、10月4日に文科省前で要請行動を行ないます。
 「ワン・イシュー」でやっていると、日本政府や社会を動かすことができないということで、同じように人権規約に勧告されたいろいろな団体と連帯して日本政府や社会を変えていく動きを作りたいということで、運動を立ち上げました。「国連勧告の実現を」「すべての人に人権と尊厳を」ということで、学習会を始めます。朝鮮学校問題と日本軍慰安婦の問題と二本立てで行ないます。
 昨日の集会、2,000から3,000ということで、動く人達がいるんだということを希望にして、ここにいる皆さんに私達の運動もいつも守られてきたということに感謝しながら、頑張っていきたいと思っています。

「関西大弾圧救援会・東京の会」

   去年の大飯原発再稼働阻止闘争以降、関西で立て続けに大きな弾圧事件がありまして、その中で東京でも反対する運動を作っていこうということで、東京でもグループを立ち上げました。
 この2月に反原発運動で弾圧された韓基大さんが、関西慰安婦ネットワークの防衛で在特会とぶつかったという件で、獄中でさらに嫌疑をかけられるという局面も出てきまして、反弾圧運動と反レイシズムの運動が出あい、つながっていくという流れになっています。
 「私たちの友人に手を出すな」というスローガンが掲げられていますが、30年ほど前にフランスで反人種差別という運動が出てきた時に、「私の友だちに手を出すな」というスローガンだったんですね。当時フランスではレイシストの暴力が非常に激しくなって、年間約10名の北アフリカ系の移民出身の青年が殺されるという事態にまでなっていました。そのような事態に対して出てきたスローガンだった。
 現在われわれがよばれている状況はどうなのか。今年の始めから新大久保にとんでもないプラカードを持ってヘイトを行なう人々が登場してくる。数年前から在特会に対して対抗運動を形成してきたわけですけど、明らかに一線を越えたと社会的に認知される状況が出てきた。あそこで言われていることは実行されていないのか。フランスでは30年前本当の殺人事件が起きてた。日本ではレイシズムによって死んでいる人はいないのか。私はすでに相当数いると思います。原発の事故で何人死んでいるかをわれわれが知らないように、この社会ではすべて曖昧にされている。しかし、レイシズムが激しくなる中でさまざまな形で命を落としている人がいるし、私達の非常に重い歴史的な責任なんだということを確認しなければ、これからの運動は進めていけないだろうと思います。そのような緊張感を持って闘いを進めていきたいと思います。

「日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク」

   公園の前にいっぱいいる警察官、100人超えているんじゃないかと思います。慰安婦問題の大阪の水曜デモには、参加者より多い警察官が取り囲んでいる。彼らは、在特会が襲撃してきても私達を守ろうとしない、とんでもない連中なんです。そういうやつらが公園に来ていることが、絶対に許せない。大阪と東京は同じだなあと見ています。
 大阪は、日本維新の会の橋本徹が幅を利かせています。あいつは、安倍晋三が言えないことを代行して言っている。在特会も、ナチスのSSと同じ役割をはたしている。安倍政権の中で、社会的に難しい局面に来ています。だから、大阪ではともかく橋本徹と日本維新の会をつぶさないと、大阪はやっていけないんですよ。東京はまだ維新の会が弱いから、皆さん我慢できると思うんですけど、大阪では彼らの力は強いです。そこでどう頑張っていくか。
 橋本の慰安婦問題への攻撃がすさまじいんですね。言っちゃいけない、わけのわからないことを平気で言う。それを、取り消しもしないやつです。朝鮮学校への襲撃事件や、水曜デモへの襲撃とか、いろいろな面で在特会との直接的な対峙があります。体を張って頑張っているつもりです。若い人達も参加してくれて、非常にうれしいんです。武装しないと未来はないと思っています。

「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク(のりこえねっと)」

   厳しい時代になってこんな日が来るのかという言葉は、在日の先輩から何回も聞きます。その中で、声をあげてくれて「おまえは独りじゃないよ」と言ってくれた皆さんに、深い感謝の思いをこめてお礼を申し上げます。
 日本で生まれて育って東京が故郷で、三代続いた江戸っ子です。 自分が朝鮮人で生まれたこと、韓国籍であること、それから女であること、全部私にとっては誇りです、一部です。それが一つでも否定されてしまうことは、私の否定になります。私は朝鮮人であることを、とてもうれしく生きてきました。
 「(朝鮮人を)殺せ」との言葉が出てくることに対して、言葉にならない思いがあります。また、韓国と日本が戦争になったらどちらにつきますかとか、尖閣列島をどう思いますかとか、質問を受けます。もし日本と朝鮮半島が戦争になったら、一番先に殺されるのは私です。日本にいても殺されるし、北朝鮮にいても殺されるし、韓国にいても殺されます。次に殺されるのは、私と会って話をしているあなたです。だから、憎悪を煽動する行為には徹底して反対なのです。
 私は愛国心はありません。民族心もありません。国家に絡めとられる生き方はしたくないと思っています。今回出てきた在特会等には、私と同じ出自の者やマイノリティがいます。(同化というレイシズムを強いられている)私達は右にも左にも行きます。だからこそ、加害者が出てほしくないと思います。
 東日本大震災の被災地に行きました。デマが出ました。朝鮮人・韓国人・中国人が、警察官・自衛隊員・消防隊員を殺しているとか、泥棒をしたとか、いろいろなものが出ました。混乱の中であるんだろうなと思いますが、日常の生活の中の手の取り合いの少なさによって、そのようにして恐怖が作られていくんだろうと思います。
 その前もありました。今から15年前、日系ブラジル人のエルクラノ君が殺されました。憎悪殺人は、すでにこの社会の中ではあったのです。さらにその前にあったのは、在日朝鮮人に対する関東大震災の時の殺戮です。この時は、朝鮮人も中国人も被差別部落の人も、国家にとってあやしいと思う人達も、みんな殺されていきました。そういうふうにコントロールされて生きていくということを、止めなければなりません。まわりの人達にいっしょに生きていこうと語りかけたいと思います。
 ヘイトスピーチをやっている人達と、不愉快でもいっしょにご飯を食べる関係を築いていきたいと思うんです。国際関係というのは、嫌いなやつと一緒に生きていくということです。
 エルクラノ君のお母さんが書いた手紙を読ませていただいて、皆さんへのエールと私もこれから頑張りますという思いをお伝えしたいと思います。 「(略) 息子は日本の少年グループがこれほど悪いことをするとは思い及ばないまま、理由もなく命を奪われました。(略)勉強を再開するためにブラジルに帰国したいが、日本はとても安全だし、とても好きな国なので、もう一度戻って来たいとその時話していました。(略)息子はナイフで刺され乱暴に叩きのめされ、内臓がズタズタで瀕死の状態でした。そして、最後の力をふりしぼって『なぜ自分がこんな目に遭うのかわからないけれど、親を悲しませるようなことだけはしていない』と言い残して、別れを告げました。息子の身の上に起こったことは、再度繰り返してはなりません。(略)世界中どこであっても暴力行為が存在するということ、ブラジル人だけではなくあらゆる国籍の子に知ってほしいと願っています。(略)みんなで暴力にNOと言う、子ども達が暴力も不正もない暮らしを送れる良い世の中を作っていきましょう。(略)来日された皆さんには、私達の最高の宝物である子ども達を大切にしてほしいと思います。世の中で起こっている事柄に対し、腕を組んで、遠目に見ているばかりでなく、多くの愛と勇気を持って良い世界を作っていくことで、みんなで一緒に考え団結するよう呼びかけたいと思います。(略)」
 加害者を出さない、被害者にもならない、加害者と被害者が出てしまったら、きちんとした第三者として再発防止をするよう、ちゃんとした大人になっていきたいと思います。

「反天皇制運動連絡会」

   今年の8月15日は、私達が集会をやっている会場のすぐ隣の部屋を在特会が借りるということもありました。たくさんの方の協力を得て、集会とデモを貫徹することができました。
 私達の行動も在特会や街宣右翼から排外主義的な攻撃を受ける関係にありますけど、私達は靖国周辺で生活しているわけでもなく、当日デモに行くというだけです。そういう意味では、そこで生活している人達が受ける排外主義の暴力や被害は比べものにならない。
 右翼の暴力の中身が何かということです。8.15に靖国周辺でデモしているのは朝鮮人だと、彼らは言います。どういうことかと言うと、8月15日というのは、かつてはたくさんの団体が集会やデモをやった。靖国問題に関しても批判的な意見・報道があった。日本社会の中で靖国とか天皇制は、分裂した問題であると思います。
 けれども彼らにとっては、そうではない。意見の相違は存在しない。天皇制・靖国の問題に関しては、日本人には意見の相違はないんだ、だからそこで異議を唱えている人間は朝鮮人であるという言い方をするんだと思います。天皇制はそのように作用している。
 9月28日に、東京国体の開会式が行なわれます。この開会式は天皇のイベントです。日の丸が上がって君が代を歌って、天皇に向かってみんなが行進して行く儀式があります。暴力的な天皇制の表れとはかなり違う、文化支配的なソフトな形でイベントを通じて行なわれている天皇制に対して反対していきます。

「日韓民衆連帯全国ネットワーク」

朝鮮半島における3.1独立運動の時、毎年3月1日に集会をやっているんですけど、2年前に、在特会が150人くらい押しかけてきて、罵声を浴びせて中に入ろうとするということがありました。実際に1~2人入って騒ごうとしたんですけど、挑発には断固として対応して集会を貫徹したということがあります。その次にも100名くらい来て妨害行動を行ないました。
 今年は、どういうわけだか来なかったのですが、それは連続的な断固とした闘いが、在特会のような集会破壊を防ぐ一つの力になったと思います。そしてまた、多くの皆さんが関心を持ち集会を防衛してくれるという、横に広がる連帯が差別・排外主義に対する闘いに大きな力を発揮するんだなあと改めて感じました。
 皆さんと共に、差別・排外主義に対して闘っていきたいと思います。共に頑張りましょ

2013年11月18日月曜日

関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺の現場をめぐるフィールドワーク(11月24日・日曜日)

Field Work



関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺の現場をめぐる
フィールドワーク(11月24日・日曜日)

「知らせ隊+藤田五郎(連絡会)企画」

逆井橋。1923年9月12日未明、
中国人活動家・王希天がここで軍によって殺害された。
今年は関東大震災から90年に当たります。当時、多くの朝鮮人、中国人が流言によって殺されました。私たちの住む東京がすでに最悪のヘイトクライム(差別犯罪)を経験していることを心に刻んでおくため、虐殺の現場に足を運び、犠牲者を追悼するフィールドワークを行ないます。

 この企画は、新大久保での在特会などへの抗議運動のなかでの「知らせる」行動とともに関東大震災の史実を伝えるブログ「9月、東京の路上で」を展開してきたグループ「民族差別への抗議行動・知らせ隊」と、山谷で長く支援活動を続け、東京東部圏での反差別運動にもかかわってきた藤田五郎(差別・排外主義に反対する連絡会)が、共同で呼びかけるものです(そのため、連絡会のブログをお借りして告知しています)。

 90年前の虐殺の現場と言っても、追悼碑を除けばそれを想起させるものが残っているわけではありません。それでも、自分で足を運び、そこに見える風景を目に映すとき、活字で読むのとは違う思いが心に浮かぶことでしょう。

 両国を始点に、6ヶ所の現場に足を運ぶ予定です。1日がかりですが、ぜひ参加していただければ幸いです。

◆実施日
11月24日(日)。午前10時から午後4時半。

◆集合場所
JR両国駅西口改札前に午前10時集合。
遅れる方は横網町公園(両国駅から徒歩10分)に直接お越しください。11時半までは公園にいます。

◆ルート
横網町公園にある「朝鮮人犠牲者追悼碑」で手を合わせた後、亀戸署跡や大島の中国人虐殺の現場を回り、最後に京成線八広駅近くの旧四ツ木橋の朝鮮人虐殺の現場と、「韓国・朝鮮人殉難者追悼之碑」を訪れて終了です。終了は午後4時半ごろを予定しています。その後、交流会も予定していますので、ご希望の方はご参加ください。

◆経費
電車やバスを多用します。交通費が約1000円ほどかかります。

◆注意
一度に20分以上歩くことはありませんが、それでも合計で1時間程度は歩くことになります。また、外にいる時間が多いので、暖かい服装を心がけていただければと思います。体調をお考えの上、参加をご判断ください。

◆追悼碑の掃除
横網町公園では慰霊碑を軽く掃除します。

◆追悼
追悼碑にそなえる花と線香は横網町公園でまとめて購入します。

◆昼食
時間がないので、横網町公園で早めの昼食をかんたんにすませることになります。おにぎりとお茶などをまとめて買って皆で食べることになると思います。しきものや、皆でつつけるものなど差し入れてくださるのはもちろん大歓迎です!

◆雨天
外での行動が多いので、雨天時は中止します。雨の予報が出た場合は、前日までにこの告知文に「中止」のお知らせをします。

以上です。何卒よろしくご参加ください。

呼びかけ
民族差別への抗議行動・知らせ隊 + 藤田五郎(差別・排外主義に反対する連絡会)

問合せ先
民族差別への抗議行動・知らせ隊
sirasetai5595■yahoo.co.jp
(■は @ に置き換えてください)

<参考>
関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺の現場を40本の文章で描写した知らせ隊のブログはこちら。
「9月、東京の路上で」
http://tokyo1923-2013.blogspot.jp/2013_09_01_archive.html

2013年10月19日土曜日

今問われているのは”本気度“です。

9月23日反差別・外国人との連帯行動に参加した皆さまに、敬意と感謝をします。これまで何回かの反差別デモとカウンター行動に参加しましたが、9月23日の行動には初参加です。
 私は品川に住む64歳の在日外国人(日本生まれ)です。日頃から在特会の行動には憤りを感じております。特別永住権、朝鮮学校無償化、生活保護の問題等々、どれ一つをとっても在特会の主張に正義はありません。在日を攻撃し、部落差別を煽ることは、日本社会の閉塞性を右から進めることであり、日本の戦後的価値法制は大きな打撃をこうむること必定です。ナチスのユダヤ人商店への襲撃から、15年後にはアウシュビッツが待っていたことは歴史の教訓であり、悲惨な第2次世界大戦へと行き着いたのです。関東大震災の朝鮮人虐殺も、日本のアジア侵略・差別排外主義の突破口であったことは歴史の教訓です。
 9月23日の行動に参加された皆さまに、再度心からの敬意と感謝の念を禁じえません。
 要するに、在特会のデモを”本気で止める“。今問われているのは”本気度“です。時代が戦前へと突入する情勢をいくつもの指標が示しています。こうした日本における支配の危機とその顕れである具体的な動きに一つ一つ反撃しないと、歴史の勝者にはなれません。重ねて、試されているのは”本気度“です。ありとあらゆる場所で支配層の攻撃に抗して立ち上がることですし、また、立ち上がるでしょう。
 過去の闘いに浸っていては、現在・未来に対して裏切り者になるんだということを、私自身の襟を正していかなければならないと思っています。私は反差別・連帯行動の皆さまの運動の中に、”主体的な運動“”自分でものを考える運動“であることを遅ればせながら実感しました。私もそのように運動し、老骨に鞭打ちながら、皆さまにご迷惑をかけることだけはしないようにと思っています。
 これからの運動、ともに頑張りましょう。
「品川から参加された在日の方」

2013年10月14日月曜日

Report/ 京都事件判決とこの三年間のあゆみ


 2009年4月、埼玉県蕨市在住のフィリピン人一家(娘のみが在留特別許可を得、二日後に両親は出国が決まっていた)をターゲットとしたデモが行われた。ネット上などで人種差別を公然と主張する極右市民グループとその支持者による100名を超える動員だった。
  このデモで勢いを得た極右市民グループは、以後集会や三鷹市の従軍慰安婦問題パネル展覧会、朝鮮大学文化祭への襲撃を繰り返した、12月には京都朝鮮第一初級学校を授業中に襲撃し、立て続けに老人ホームへの押しかけが試みられる状況に至った。2010年には関西で続けられていた日本軍性奴隷(いわゆる従軍慰安婦)問題解決を呼びかける水曜デモが妨害を受け、議員事務所の襲撃,徳島県教組事務所襲撃、生駒市市議会や中野区議会での騒擾行為,千葉県内の教会への礼拝妨害行為が続いた。2011年1月には水平社博物館前で差別街宣が行われた。
  外国人参政権反対や領土問題を掲げた排外デモは最盛期には1500名以上の参加者を集めた。京都事件と徳島事件で2010年八月に大量逮捕者を出して以降は2010年10月の東京秋葉原の領土問題を掲げ750名を動員したデモ(その後複数の電気店に押しかけ騒擾)を例外とすれば、数十名から200名程度の動員となっている。
  2012年6月新宿ニコンプラザでの元日本軍慰安婦の被害女性を取り上げた写真展、続いて開催されたギャラリーでの写真展、関東大震災虐殺被害者追悼集会等への執拗な妨害は依然続いている。
 また関東では蕨、池袋、上野、御徒町、川崎、新大久保、関西では鶴橋、ウトロ地区等、外国籍住民の集住地域にターゲットを絞ったデモ・街宣を軸とした執拗な嫌がらせもいまだ重ねられている。
 行動する保守を自称する彼らは、ネット上の断片的なデマ情報を都合良く組み合わせ「正義は我にあり」と、現場では文字に起こすのもはばかられる言葉を繰り返し、自らを差別の被害者であると繰り返し、その行動をネットにアップし、被害者を繰り返し傷つけ、更なる動員とメンバーの結束を呼びかけている。

 私たち連絡会の現場での活動は、彼らに対する情報の事前の整理と、攻撃対象となった集会や施設等に対する警備協力やデモ・街宣の監視などの『点』の取り組みが中心だた。地域=『面』については、数件の経験のみだった。
 最近の地域にターゲットを設定した行動に対して、率直に言って私たちは十分な力量がなかった。また対応如何では現地が聖地化してしまい、騒擾状況が固定化・エスカレートしかねないという懸念を今も抱いている。そのような考えから、地域と関係を作りながら慎重に監視行動を重ねる行動にとどまってしまった。

 しかし複数の人権ロビイング団体の尽力により国連人権理事会、人種差別撤廃委員会、社会権規約委員会から対日勧告が続いた。国内でも弁護士会が声明を出し、院内集会も緊急開催された。『しばき隊』『ブラカ隊』(この取り組みは現在C.A.RCとなっている)『知らせ隊』等のグループはもとより、極右排外市民団体の蛮行を食い止めようとする心あるたくさんの市民が新大久保の現場に足を運び「NO!」と声をあげ続けた。マスコミの活発な報道や、エリア規制を求める緊急署名の粘り強い活動などが重層的に重なりながら、六月末まで厳しい現場でたくさんの市民が対峙線を引く展開となった。私達連絡会も対峙の仲間に加わりながらビラ情宣などを行い、新大久保の闘いに連なった。

 様々な人々の真摯な努力の重なりが結果7月7日には予定された排外デモを中止に追いこんだ。9月8日に再開するなど予断を許さない状況ではあるが新大久保は平常を取り戻しつつある。

 極右市民グループの発するメッセージは「怨み」「いいがかり」「深刻な思いこみ」である。そして暴力が伴う。彼らの行為は当時者から言葉を奪い沈黙と絶望を強いる。この前提に立ち、私たち連絡会は攻撃対象とされる当事者と交流を重ね、話に耳を傾け、事情を理解することを大切にしてきた。これからも社会的包囲網の形成に向け丁寧な取り組みを重ねていかなくてはならない。

 大阪では七月一四日の「なかよくしようぜ!」反レイシズムパレードに600名を超える人々が集い。9月22日の反レイシズムバレードに「東京大行進」には3000人近くの人々。私達連絡会も参加し、アピールの声に連なった。翌二三日の私たち連絡会主催の第3回9・23ACTIONも200人の参加があり、東京・大阪からののべ3000人もの声が重なり響きあった。この三年間の様々な人々の試行錯誤と闘いの成果だ。
 私たちは辛叔玉さんの「のりこえネット」の呼びかけにも注目したい。「東京大行進」の実行委の金展克さん、「のりこえネット」の辛叔玉さんをはじめたくさんの方が九・二三ACTIONの出発前集会でメッセージを寄せて下さった。真摯な気持ちが重なり合う本当に濃密な時間だった。

 10月7日11時、京都朝鮮第一初級学校襲撃事件の判決があった。差別・排外主義に反対する連絡会も、これまで裁判傍聴に参加してきた。口頭弁論は気がつくと判決まで19回も重ねられた。この裁判の長く厳しい闘いに連絡会は身の丈に合わせた応援しかできなかった。当時の六年生は高校生になった(そして今度は政府により高校無償化から排除されている)。
 そんな私達を、最初から保護者の皆さん、先生と学校関係者の皆さん、弁護団の皆さん、裁判を支える「こるむ」の皆さん、そして関西のたくさんの仲間が、いつも温かく迎えてくれた。
 足を運ぶ度に、京都の皆さんは思い起こすだけでも辛いこの事件で「何が起き何が問われているのか」を粘り強く教えて下さった。いつも温かく包まれ励まされ、少しずつ育てられた日々は私達の宝物だ。
 
 これからも私達差別・排外主義に反対する連絡会は、試行錯誤を重ね自らの課題を意識し、研鑽を積んでいかなくてはならない。

Report by YZ

Report 京都朝鮮第一初級学校襲撃事件裁判、判決公判の傍聴報告




 2013年10月7日、京都地方裁判所において標記事件の判決公判があり、私たち差別・排外主義に反対する連絡会からは3人が傍聴のため京都入りしました。

(裁判に至る経緯)
 2009年12月4日、在特会メンバーなどが京都朝鮮第一初級学校に対して、隣接する公園を不法占拠しているなどの言いがかりをつけ、学校周辺で聞くに堪えないような差別発言を繰り返しながら街宣を行った(第1回目)。翌年の2010年1月14日には再び同様の街宣を行い(第2回目)、同年3月28日にも執拗に差別をあおる街宣を行った(第3回目)。
 2010年8月10日、威力業務妨害と器物損壊などの容疑で4人が逮捕される。2011年4月21日には4名に対し京都地裁は懲役1~2年、執行猶予4年の有罪判決を下した。
 一方、上記の刑事裁判とは別に前記学校を運営する京都朝鮮学園は在特会とその関係者8名に損害賠償と学校周辺での街宣差し止めを請求する民事訴訟を起こした。今回の判決はこの民事訴訟についてである。なお、この民事裁判は19回行われた。

(入廷前の状況)
 裁判の傍聴には何と179名もの人々が集まり、一般傍聴席は70人分しかありませんでしたので、100名以上の方が法廷外で待たされることになりました。幸い私は籤運に恵まれ、法廷に入ることができましたのでその報告をします。
 先にも述べましたように一般傍聴席は70名で満杯、記者席も1 6名分用意されていましたが同様に満席でした。なお、一般席の傍聴人はほとんどが原告側の支援者と思われました。一方、被告人は川東大了と八木康洋の2名しか出席していません(被告は在特会と8名の個人)。

(判決の概要)
 先ず結論から言えば、判決については原告側の主張を大幅に認めるものでした。ただ、原告側の主張の大きな柱であった「民族教育権」については全く触れられていませんでした。玉に大きな瑕が付いてしまった、の感があります。ともかく、以下にその概要を記します。
 被告人らによる3度の襲撃について判決は明確に被告側の違法性を認め、賠償額を明示しました。
・第1回目(2009年12月4日)については5,547,000円(千円未満については聞き取れなかった、以下同様)
・第2回目(2010年1月14日)は3,415,000円
・第3回目(2010年3月28日)は3,300,000円
そしてそれらには年利5分の割合の利子も付け加えられているので、総額は1,200万円を超える多額の賠償額が命じられたことになります。
 この判決の根拠になっているのが、人種差別撤廃条約でした。もちろん、この条約は肝心の第4条部分(「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけるもの)がこの国では留保されていているのですが、しかし判決は敢えてこの条約に依拠することで、被告人らの一連の言動を明らかな人種差別と認めたのでした。そしてその責任の重大さを多額の賠償金に置き変えたものでした。
つまり、判決は被告人らの言動が明らかな人種差別であると断罪したのです。この国では数少ない判決の一つではないでしょうか。
 また、この多額の賠償額に加えて、被告人らの学校周辺での街宣行動などについても制限が加えられました。

しかし、一方で原告側が繰り返し主張した民族教育の重要性とその権利については全く触れられていませんでした。人種差別の悪質性を厳しく断罪する一方で、それと表裏一体の関係にある「民族教育権」への言及は何もなかったのです。その意味では残念な判決と言わざるを得ません。

 もっとも、それに言及することは朝鮮学校を高校無償化から排除することの悪質さ、理不尽さを浮き彫りにしてしまいかねない恐れもあるので、あえて触れなかったということかも知れません。

 もう1つ判決の中で特筆したいのは、常に撮影に携わっていたブレノ(松本修一)の扱いについてです。自分は関係ないと主張し刑事裁判では有罪を免れた彼ですが、この民事裁判においては明らかな責任が認められたのです。他の者たちが示威活動をしている状況を映像に撮りそれを公開することについて、両者は密接に関係していると、認定されたのでした。当然と言えば、当然のことです。

 いずれにしろ、11時に始まった判決公判はあっという間に終わってしまいましたので、必死でメモしたのですが充分とは言えません。それに判決文そのものも見ていませんので、詳しい報告は出来ませんが、以上が判決の概要です。

(判決報告集会)
 判決の後は場所を近くのホテルに移し、12時から判決報告集会が行われました。この集会にも、平日の昼間であったにもかかわらず、約150名が集まり大盛況でした。また、マスコミ関係者もたくさん来ていました。それはこの裁判の判決がこの国の人権問題に大きくかかわってくるだろうことが予想されたからでしょう。実際、この日の京都新聞の夕刊には、この判決についての記事が一面のトップに書かれていました。トップとは言わないまでも他の多くの新聞にも取り上げられ、ヘイトスピーチに対する規制の是非が論じられたのです。
 話を判決報告集会に戻します。会場のスクリーンには9月22日に行われた「東京大行進」のビラや横断幕などが映し出されていました。と言うのも、京都朝鮮初級学校の児童たちが作成した作品がこのデモ行進にも登場していたからです。この横断幕には「ヘイトクライムのない社会を 民族教育権を保障しよう!」と書かれ、判決の直前にこどもたちのカラフルな手形が追加され、判決当日には京都地裁前に高らかに掲げられたのです。まさに未来を担う子どもたちの切なる思いがこの一枚の横断幕に凝縮されたものと言えます。
 それらをバックにこの集会が始められ、その第一声は差別・排外主義に反対する連絡会から発せられました。勿論、私たちがでしゃばった訳では全くありません。司会からの指名でした。因みに、連絡会は19回あった公判のうちの17回について、傍聴に参加しました。
 9月22日の東京大行進とそれに続く9.23Actionについて簡潔にまとめて報告、満場の拍手に迎えられました。続いてオモニ会の学習会が「醍醐」の新校舎で行われたことの報告があり、徳島県の教職員組合からは徳教組襲撃事件についての民事訴訟裁判が10月25日から行われること、10月28日からは第2次の刑事裁判が行われると報告がありました。引き続き、大阪からは朝鮮高校の無償化排除と補助金カット(橋下市長が原因)に対して裁判を起こしていると報告されました。最後に、醍醐に移転した新しい学校で、この校舎では初めての運動会が行われたと報告され、支援者からの発言が締めくくられました。
 次にこの集会のメインである、弁護士による判決公判の報告やこるむ(在特会による朝鮮学校襲撃事件裁判を支援する会)からの発言がありました。なお、この発言については全て省略させていただきます。というのは、ここで発言いただいた主な内容については、前述した判決の概要の中に反映させており、重複するからです。

(襲撃事件のあった当時の学校訪問)
 かくして、13時30分には判決報告集会も全て終了しましたが、私たち3人は昼食の時間も惜しんで、そのまま襲撃されたかつての京都朝鮮第一初級学校に向かいました。学校は既に解体作業が始まろうとしていましたが、足場が組まれているだけで、幸い当時のままに残されていました。また校舎の目の前にある、問題とされた公園には誰一人おらず、静寂というよりは侘しささえ感じられました。そこには、かつての嫌がらせ状況を脳裏に浮かべる私たち3人が佇むのみでした。

(判決への想い)
 子どもたちの心に深いキズを負わせ、その保護者にも絶望的なほどの悲しみとやるせない憤りをもたらしたこの襲撃事件は、多額の賠償金という形で締め括られました。しかし、その高額な賠償額の意味するものは何なのか、被告人らがその本質を理解したとは到底思えない。物事の本質を彼らが理解しえない、あるいは理解しようとしない土壌がこの国には蔓延しているからでしょうか。そのような根は確かにこの社会に今までもなかったわけではない、しかし戦後70年近く経った今、私たちの日常生活を脅かすほどに公然化したことに言い知れぬ恐怖を感じざるを得ないのは、果たして私だけでしょうか。
 この判決がただ単に「臭いものにふた」になってしまわないことを願いたい、逆にこの判決がそうした風潮を一掃しうる第一歩になって欲しいと心から望むものです。

2013年10月11日(金)
Report by KB

2013年10月5日土曜日

No Pasaran(やつらを通すな)! 交わり高揚する怒りそして闘いへの意志

No Pasaran(やつらを通すな)! 交わり高揚する怒りそして闘いへの意志

--「許すな!差別・排外主義 9.23ACTION」報告--




「差別・排外主義に反対する連絡会」(以下「連絡会」)は9月23日に、「街頭でのレイシストの憎悪に満ちたコールは言論ではなく暴力である。奴らを社会的に包囲する闘いをともに!」という趣旨で、東京・新宿で200人のデモ行進を行ないました。
 さまざまな分野で運動をしている人達が、それぞれのたくさんの仲間と共に参加してくれました。大人数だったのは山谷の日雇い労働者や渋谷の野宿者の人達。また、車椅子の方が遠く茨城から参加された方を含めて3人。白杖の視覚「障害」の方と合わせて「障害」のある人達が多く参加されました。大きなメッセージボードを身につけていたのは、婚外子裁判を闘われている方。地域闘争の旗や労働組合の旗もありました。レイシズムとの闘いは、民族排外主義領域だけの問題ではないという想いを多くの人が持っている表れです。
 今年の8月15日、反靖国運動の屋内集会に対して、在特会が隣の部屋を借りて妨害・嫌がらせをしようとしたという報告が、連帯の挨拶の中でありました。「日の丸」を掲げるレイシストにとっては、国家に異議申し立てをする運動はすべて攻撃対象であり、さまざまな領域で闘う人達にとってレイシズムを抑制することが共通の課題になっていることがわかります。
 毎年9.23に行なっている連絡会のこのデモは、今年で3年目です。昨年よりひときわ目立ったのが、赤と黒でデザインされたシンプルな何本もの旗。現場カウンター闘争や反レイシズムのいろいろな活動に参加されている個人の方が集まったグループです。前日の9.22、2,000人もの人がデモ行進をした「差別撤廃東京大行進」でもこの旗がたくさん翻っていましたが、その方達がこの日も多く参加してくれました。9.22と9.23は一体のものと多くの人が感じています。「差別撤廃東京大行進」には、連絡会も団体として賛同・参加し、そしてこの日は東京大行進の主催者に参加していただき連帯の挨拶をいただきました。闘いはCross Overし、そして拡大しています。
 今年は昨年までと決定的に違うことが一つあります。東京・新大久保へのレイシストの波状的な攻撃に対して、現場カウンター闘争や各方面の重層的な闘いが組まれ、それによってレイシストの行進を中止に追い込んだことです。反レイシズムの闘いが大きく前進する中で今年の9.23を多くの人と歩けたことは、私達にとっても大きな喜びです。
 また連絡会は、在日コリアンを始めとする在日外国人の人達と直接連携して共に課題を解決することをめざしています。その面からも、前日の東京大行進と同じく在日コリアンと共にデモを歩けたことも喜びです。バスの中からデモ行進を見た在日コリアンがわざわざバスを降りてデモに参加したり、交流会では韓国・朝鮮語の会話が飛び交うなど、昨年までは見られない光景でした。そしてそのうちの一人の方からは、「試されているのは(レイシストと闘う)本気度です」という、身の引き締まる檄をいただきました。
 なお、デモ出発前の集会では、大阪で反レイシズムの運動を闘う仲間を含む9団体・個人の方から連帯の挨拶をいただきました。

「差別・排外主義に反対する連絡会」(Photo by Mkimpo)

2013年9月2日月曜日

許すな差別・排外主義 9・23ACTION











■日本語






ハングル
中国語
 バングラ

その他


2013年8月9日金曜日

9・23 ACTION への参加・賛同呼びかけ

外国人差別にNO! 生きる権利に国境はない! 私たちの仲間に手を出すな!

      9・23 ACTION への参加・賛同呼びかけ


 外国人排斥を叫び、差別・排外を煽る、「在特会」をはじめとする集団の行動がエスカレートしています。特に新宿区大久保通りを中心に執拗に繰り返されたデモでは、「朝鮮人・韓国人を殺せ!」などと卑劣極まりない暴言を叫び、乱暴狼藉を繰り返しています。むきだしの憎悪が街頭を跳梁跋扈している状況が続いています。
 この事態に対して多くの人たちがカウンター行動に立ち上がり(6月30日には約千人)、多様な横断幕やプラカードなどで怒りと抗議の意思を示しました。差別・排外主義に反対する連絡会も、一連のカウンター行動に呼応しながらビラやリーフレットを、沿道の人々や商店に配布してきました。これまで私たちは、2011年の9月23日、2012年の9月23日の2回にわたって、「外国人差別にNO!」「生きる権利に国境はない!」を掲げ、新宿職安通りや大久保通りで、デモを行いました。その前後には、各国語でのビラの配布も試みました。何よりもこの地域で暮らす人、働く人、訪れる人たちに、レイシズムを許さないというメッセージを届け、街頭で声を上げることの必要性を痛感したからです。
 この問題は、さまざまなメディアで報じられ、国会でも取り上げられるようになりました。しかし、昨年末の衆院選と7月の参院選の勝利で改憲に突き進む安倍政権の、改憲や歴史認識、戦争責任への姿勢(さらには、麻生の「ナチス発言」も)は、明らかにレイシズムが育まれる土壌をつくりだし、かつ互いに連動していることを見逃してはなりません。
 こうしたなかで、私たちはこの9月23日に3回目のデモを準備しています。この勢力を社会的に包囲し、ヘイトスピーチデモを止めるためには、もっと多くの人々の英知と力が結集することが求められています。9・23ACTIONが、その契機になりステップになることを願っています。また、この行動はカウンターのための一日行動に止まらず、多文化共生と、生きる権利をめぐる闘いの国境を越えた連帯を目指します。
 この行動を実りあるものとするために、多くの皆さんの参加・賛同をお願いします。

○    9月23日(月曜) 13時30分集合 14時30分~デモ出発
○    会場:新宿・花園西公園 (新宿区新宿1の32 新宿御苑前駅か新宿3丁目駅下車)

                差別・排外主義に反対する連絡会
Email: hannhaigaisyugi@gmail.com
郵便振替口座:00200‐5‐38572 差別・排外主義に反対する連絡会
(ATMで振込の場合、口座名義人が「フォーラム S―16 」と表示されます)

以下をコピーいただいてメールで hannhaigaisyugi@gmail.com 宛てお送りいただいても結構です。
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        9・23ACTION に賛同します。

団体(1口 1000円)
○名称:


○口数:      口

 
個人(1口 500円 差支えなければ肩書きもお願いします
○お名前:                (     )


○口数:      口

公表   <可 不可>  (どちらかに○をつけてください)

公表については、ビラ(当日会場で配るのと、後日の報告ビラで掲載します。ネット上では出しません)
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2013年3月7日木曜日

ヒツジ100匹にヤギ1匹   「差別・排外主義にNO! 1・26講演集会  ~<バッシング>と差別・排外主義を考える~」報告


ヒツジ100匹にヤギ1匹
  「差別・排外主義にNO! 1・26講演集会
 ~<バッシング>と差別・排外主義を考える~」報告



 1月26日、東京・池袋の豊島区民センターでの開催です。メインの講演は、映画監督・作家の森達也さん。ある特定の集団に社会的なバッシングが集中する最近の状況について、なぜ多くの人々がバッシングに同調してしまうのかについて話していただきました。

 昨年12月の衆議院選挙は自民・公明の圧勝でした。事前のマスコミ報道で両党の優勢が伝えられたことで両党の勢いが削がれるのではないかという観測もありましたが、結果は事前予想の通り。昔は「判官びいき」で劣勢の方に票が流れる傾向があったが、今は逆に強い方にはなおさら票が集まる傾向が顕著です。そして、「勝ち馬に乗りたがる」この傾向が強くなったのは、1996年からだそうです。
 その前年1995年には、阪神淡路大震災と一連のオウム真理教事件がありました。森さんはこの年のできごと、特にオウム真理教事件が時代の転換点だったと指摘します。人々が「恐怖」と「不安」を強く意識する時代に入ったということです。
 森さんは、オウム真理教を追い続けてドキュメンタリー映画を作られてきました。事件当時からオウム真理教への集中的なバッシングが続いてきましたが、その過程をつぶさに観察してきた経験から、バッシングの基礎にある社会心理的状況を次のように分析します。
 一つは、バッシングの対象者の本当に姿を知ろうとすることなく「自分達とは違う存在」とみなしたがること。二つは、生活上の実際の被害は受けていないのに自分達が「被害者」だと思うようにすること(必然的にバッシングの対象者は「加害者」になります)。三つは、動機がわからないこと。この3点から人々は、①強者に頼りたがる②大人数でまとまりたがる③自分達の「シンボル」を求めるようになります。
森さんはこの傾向を「集団化」と表現しましたが、政治の世界でのこの傾向を示したのが、「国旗・国家法」に代表される1999年の小渕内閣だと指摘します。それ以後、朝鮮民主主義人民共和国さらにはそれに最近は中国・韓国も加えて、まるで今にもこの3つの国が日本に戦争を仕掛けてくるような、「仮想敵」扱いのような論調が政界・マスコミで強くなっています。しかし、軍事・政治面の実体的な危機は、米ソの核軍事大国がにらみ合う冷戦時代の方がはるかに大きかった。今は、実体とはかけ離れた、ある意味不要な緊張感が社会に漂っています。
それはこの「集団化」が社会で起きているからと森さんは分析します。集団化は、国家の内側では「異物排除」、外側に対しては「仮想敵の設定」をします。みんなが一つの方向に流されずに視点を変えることで、このような集団化の構造を変えようという森さんの呼びかけでした。

 集会は、バッシングの矢面に立つ生活保護問題と高校無償化からの朝鮮学校排除の問題の関係者から、その実情について報告を受けました。
 生活保護問題では、『生活保護とあたし』を書かれた和久井みちるさん。この間のバッシングによって、“生活保護(受給者)のようになったらダメ”という意識が皆の中に作られていて、もはや「身分差別」といってもいい状況になっていると、受給者が置かれた苦しい状態が語られました。
不正受給者だけではなく生活保護で普通に生活している人を取り上げてほしいとマスコミ関係者に言ったら、相手は「きちんとしている人を取り上げても仕方がない(ニュースにならない)」と答えた話からは、今のバッシングがマスコミによって作られた側面が大きいことがわかります。
 ただ、各種の社会保障制度の中でも生活保護制度は、若年齢層と高齢者あるいは「障害者」が横につながれる唯一の制度であり、その面で希望の持てる課題であるという指摘は、これからの運動に展望を感じさせるものでした。
 高校無償化からの朝鮮学校排除の問題で発言されたのは、「『高校無償化』からの朝鮮学校排除に反対する連絡会」の森本孝子さん。民主党政権下で「審査中」として棚上げされ続けたあげくに、自民党政権になって適用除外が決定されたこと。それは、安倍が首相になってからわずか4日目であり、国会審議が不要な文科省令改悪という形で強行されたことに、国の焦りにも似た強い悪意を感じ取ることができます。
 こちらのバッシングは、国家や政治家が主導する面が強いと感じますが、その理由が森本さんのお話からわかりました。なぜ在日朝鮮人が日本という国家から憎しみの対象になるのか?それは、在日朝鮮人が侵略戦争の「生き証人」だからというのが、森本さんの指摘です。そうであれば、私達もバッシングと闘うためにこの国の戦争の歴史と政策を問わなければいけないでしょう。
 当事者の反撃も始まっています。愛知・大阪では国を相手に訴訟を起こし東京でも訴訟の準備がされています。3月31日には東京で大きな集会が予定されています。

 最後に、バッシングが跋扈する今の社会のあり方を暗示するエピソード。森さんが放牧が盛んなモンゴルを訪れた時の話です。放牧されているヒツジ100匹の中に必ずヤギが1匹入っているそうです。なぜか?ヒツジは群れで動くが、自分からは何もしないしできない。だから、ヒツジ100匹だけではみんな餓死してしまう。そこで群れを引っ張る役割としてヤギを入れているそうです。1匹のヤギが動けば100匹のヒツジも動く。
 日本人は“ヒツジ度”が高くて、このままでは危ないという森さんのお話でした。差別・排外主義のヤギが大きな顔をするのは許してはならないということでしょう。また、みんなが自分でモノゴトを考えて動ける“ヤギ的人間”になろうということでもあるでしょうか。
この日の参加者は90人でした。

※発言では、オスプレイ配備に反対する首都圏ネットワークからの緊急アピールがありました。
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2012年12月21日金曜日

差別・排外主義にNO!1・26講演集会

差別・排外主義にNO! 1・26講演集会
<バッシング>と差別・排外主義を考える

跋扈(ばっこ)する<バッシング>現象と<在特会>現象ーその関係とは?
通底する問題とは?
背景にある構造とは?…



日時:1月26日(土) PM6:00~

場所:豊島区民センター4F
講演:森 達也さん
資料代: 500円
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 森達也さんプロフィール
1986年 テレビ番組制作会社に入社。デビュー作は小人プロレスのテレビドキュメント作品。以降、数々の作品を手がける。
1998年 オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタ リ-映画『A』を公開。
2001年 続編『A2』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。現在は執筆が中心。
近著に、『A3』、『僕のお父さんは東電社員です』、『311を撮る』(共著)などがある。
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皆さんご存知の様に、この数年来、「在特会」勢力は至る所で、「妬み」等の劣情を刺激し、差別・排外主義を煽り、「在日」等の当事者に対し脅迫、妨害、襲撃の蛮行を繰り広げています。そして、ネットの映像でそれを見て拍手喝采し、「スカッと」する多くの人々が存在します。
また、一方で、この国では、いわゆるバッシングが跋扈しとどまることを知らない社会現象になっています。集中砲火のターゲットになった事例は、「オウム信者」、「イラク人質若者ボランティア」、「光市事件弁護士」、「オーバーステイ外国人」、「朝鮮学校」、「公務員」、「生活保護受給者」等々とちょっと思い浮かべるだけでも枚挙にいとまがありません。バッシングに血眼になるテレビ、マスコミとそれに拍手喝采し、「スカッと」する多くの国民の「共犯関係」の構図が浮かび上がります。更に、政治家までも人気取りのためかバッシングの急先鋒としての役割を演じている有り様です。

私達は、これまで、「震災下」、「ヘイトクライム」、「世界のレイシズ」等の視点から、<在特会>勢力ー差別・排外主義について考える集会をささやかながら開催してきました。それは、差別・排外主義について様々な視点、角度から考え深めることが、それを社会的に包囲し封じ込める大きなうねり=様々なスタンス、問題意識の人々による広範なネットワーク作りの足がかりになれば、と考えるからです。

さて、今回、私達は、『<バッシング>と差別・排外主義』と銘打ち、講演ー討論の場を設けることにしました。
その意図は、「<在特会>勢力の登場とそれに拍手喝采する多くの人々の存在は、<バッシング>現象とどのように関係しているのか?」、更に言えば、「この国の深部に歴史的に連綿と巣くう差別と排外主義が<バッシング>現象の背後に横たわり、それを支え、そして、<在特会>勢力は意図の有無は別として、「巧み」にその構造に乗じてきたのではないか?」等、これらの問題を講師の提起を受け皆さんと共に考え、探っていければと考えます。

皆さん、1月26日集会に是非とも参加してくださるようお願いします。

2012年12月16日日曜日

Column No.03  「ある会議の情景」 By 梅


「私たちの連絡会は、やはり数年前の蕨でのカルデロン一家、とくに中学生のN子さんに対する憎悪と醜悪さに満ちた在特会たちの嫌がらせに対する怒りから出発しているのだと思います。それは弱い立場に立たされた人間に対するほとんどいじめにも類する、とても卑劣な攻撃でした。しかし、それはそうであるけれども、だからといって私たちは彼らと同じスタイルでの対抗的行動を延々と政治的にやればいいということではないと私は思います。たとえ、そうしたデモンストレーションを繰り返しやったとしても、それは苦悩する当事者についに届くことのない身勝手な部外者の闘いであると思うのです。むしろ問題はさまざまな隠された小さなところで、限りなく進行する差別と迫害の現実に無力でありながらも、どのようにともに連携していけるのかという、そんな繋がりが問われていると思うのです。だから私たちは、パフォーマンスに対するパフォーマンスではなく、延々と続くこの私たちの地のおぞましい状況を、具体的なところからなんとかしたいとおもってここに集まっているのではないでしょうか。たとえそれが無力なものではあっても、やはりかすかな声は私たちでも出せるのだ。私たちの声のつながりを求める闘いはやはりそこにあるのではないでしょうか」

 Aさんが訥々と語る。その一つ一つの言葉にぼくは目を伏せながらある種の暗い思いを持ちながらもうなずく。そう、そうなんだ、それこそが僕たちの出発点だったのだ。それにしても、このある種の絶望感は何なんだろうかと自問する。
多分、私たちはとてつもなく困難な敵対者に遭遇し続けている。第一に、およそ「良心」というようなカテゴリーがまったく通用しない者どもに僕たちは対峙しているのだ。彼らの陰湿な精神は、あたかも影でいじめを楽しむような、そうしたひそやかな匿名性の愉悦に彩られている。これまで、口にすることもはばかれた言葉が跋扈している。つまり最後の良心がついに失われた地点で罵言が吐き出され、そのカタルシスに匿名性のネット右翼は酔いしれる。これは差別の状況の中でいつも見られた光景だ。そう、いつも繰り返されてきた光景なのだ。よく見つめてみるべきだ。

 差別や排外主義が跋扈するとき、特徴的な傾向がある。迫害された人間たちの沈黙と、迫害する人間たちの饒舌という非対照的な対比だ。ひとはひとを傷つけたとき、いくらでも傷つけたほうはそのことをリセットできる。しかし、傷つけられた沈黙者は、どのような言葉の展開が巡ろうと、そのことのうちにとどまり続ける。つまりその「裂け目」はどのような言い繕いがあろうとも残り続けるということだ。

 Aさんはこうも言っていた。「私たちは迫害される人を助けるために活動しているのではない」と。そう、この社会での不当なことにたいして、声高に「正しいこと」を叫ぶ前に、僕たちはそれを作り上げている僕たちの日常と闇に目を向けなければならないのだ。そうして、もし、苦難の中で悔しさと憤りを刻印されながらも、しかしなお「沈黙と沈思」にある友があったとしても、私たちはその「沈黙の闘い」にこそナイーブに反応し、傍らに佇まければならないのだ。なぜなら、その沈黙は私たちのものでもあったからだ。そしてもっと大事なのは、それは非対称的なもの、一方的なものではなく相互的なものでなければならない。佇んでいるつもりが、実は佇まれているということにひとは気づくべきなのだ。ひとは深刻な状況にあるとまず黙る。考える。解決は遠い。それでもなお、ひとは声を出す。なぜか。簡単なことだ。それだけ社会が腐っているからだ。スローガンには注意しなければならない。私たちは白馬の騎士ではない。登録商標には注意しなければならない。正しいことには気をつけなければならないのだ。

おおむね表現することが苦手な僕らのミーティングであったのだが、突然に前回のコラムに書いた信濃さんの言葉がぼくの脳裏に浮上する。それにはこうある。
「あえて言えば『差別・排外主義にまみれている』からこそ、それを克服するために活動しているのです。」
すがすがしい言葉だ。そして闘うことの意味としてぼくの情感にグサリとくる。
ひとを傷つける「快感」に比べれば、「良心」などというものはおそらく何ほどもひとをひきつけるものではないだろう。「通邸不能」という言葉が真っ先に鳴り響く。それでもやはり僕らはある最後の砦の上に屹立する必要があるのだ。私は通俗的でありいつでも憎しみの世界に陥落しやすい。でも多くの人がののしりの快感に酔いしれたとしても、100人のうちの一人であれ、私は孤立してもいいと思う。最近映像を作ろうとしているのだが、そこでは昔なつかしサルトルを引用した。

「彼らは憎悪を選んだ。憎悪がひとつの信仰となった。言葉と理性をはじめから無価値にすることを選んだのである。」(サルトル『ユダヤ人問題』)